このエントリは、2021年4月にアップしたものの再掲である。
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今回の実例は、時事的な解説記事から。
先週、米国のバイデン大統領が、今年の9月11日までにアフガニスタンから米軍を撤退させる方針を示した。米国が前政権でタリバンとの「和平」とやらを結んだときには、2021年の5月が撤退期限とされていたのだが、それが少し遅れていて、それでも、2001年9月11日の、日本語圏では「米(アメリカ)同時多発テロ」と呼ばれているあのテロ攻撃から20年となる今年の9月の11日までには撤退させる、ということである。
現在20代前半か、それより若い方にとっては、「2001年9月11日」と言われてもピンとこないだろうが、あの日、いつものように仕事していつものように帰宅していつものようにテレビをつけて、日本でのBSE発生やら(前日に千葉県で疑い例が出ていた)何やらといったトピックを追うために夜のニュースを見ようとしていた私を含む大勢の大人にとっては、一生忘れられない日付となった。
だが、テロ攻撃を受けた米国が、「テロの首謀者をかくまっている」と糾弾し、国際社会(つまり国連、特に安保理)を動かし、その圧倒的軍事力をもって攻撃した国、アフガニスタンでは、おそらく、遠く離れたアメリカで何が起きていたかを、それが起きたその日のうちに知っていた人はごくごくわずかだっただろう。むしろ、アメリカがどこにあるかを知っていた人だってそんなに多くなかったかもしれない。
そして10月8日(日本時間)には、アメリカ(を中心とする連合軍)によるアフガニスタンへの攻撃がニュースになり、それまでだってけっして平穏ではなかったアフガニスタンは、ますます暴力にさらされることになっていた。
2001年9月11日、アメリカ同時多発テロ事件が発生した。12日、アメリカのジョージ・W・ブッシュ大統領はテロとの戦いを宣言した。またこの中で、ターリバーン政権の関与が示唆され、ドナルド・ラムズフェルド国防長官はウサーマ・ビン=ラーディンが容疑者であり、また単独の容疑者ではないと発言した。また同日、第56回国連総会でも米国政府と市民に哀悼と連帯を表して国連も本部を置くニューヨークなどへのテロ攻撃に対して速やかに国際協力すべきとする決議56/1を当時の全加盟国189カ国が全会一致で採択し、国際連合安全保障理事会でも国際連合安全保障理事会決議1368が採択された。
この決議1368は9月11日のテロ攻撃を「国際の平和及び安全に対する脅威」と認め、「テロリズムに対してあらゆる手段を用いて闘う」というものであった。また前段には「個別的又は集団的自衛の固有の権利を認識」という言葉があり、これは同日にNATOが創設以来初めての北大西洋条約第5条の集団防衛条項による集団的自衛権の発動を決定する根拠となった。
……
10月2日、NATOは集団自衛権を発動し、アメリカ合衆国とイギリスを始めとした有志連合諸国は10月7日から空爆を開始した。アメリカ軍は米国本土やクウェート、インド洋のディエゴガルシア島、航空母艦から発着する航空機やミサイル巡洋艦を動員して、アフガニスタンに1万2000発の爆弾を投下した。アメリカは軍事目標だけを攻撃していると発表していたが、実際には投下した爆弾の4割は非誘導型爆弾であり民間人に多くの犠牲が出たと言われている。
それから20年。気が遠くなるようだが、20年。アメリカの「テロとの戦い war on terror」はその間ずっと続いてきた。
その経緯をずっと見てきた人々のひとりが、 BBC Newsで安全保障分野を担当するフランク・ガードナー記者である。1961年生まれで、若いころからアラビア語に親しみ、大学を出たあとは軍人となり、その後金融界に一時身を置いてジャーナリストとなった(いかにも英国のミドルクラスらしい経歴、ウィキペディアを読んでみてほしい)。2001年9月11日以降は「テロとの戦い」を取材し、アフガニスタンでも何度も現地からの報道を行っている。2004年6月にサウジアラビアで銃撃テロにあって下半身が不随となり、以降は車いすを使うようになったのでロンドンのスタジオでの仕事が増えたが、その前は軍隊にエンベッドして最前線を取材してもいた。
そのガードナー記者が、米軍の2021年9月11日までの撤退決定を受けてまとめたのが下記記事である。最後の一文まで読んでほしい。この20年間が何であったのか。
実例として見るのは、記事の中ほどのところから。
キャプチャ画像内で2番目のパラグラフの真ん中すぎにある文:
According to the research group Action on Armed Violence, 2020 saw more Afghans killed by explosive devices than in any other country in the world.
短い文だが、ポイントが3つも入っている。
まず1つ目は、太字で示した動詞のseeの用法。《年号 + see》の形で「~年には…ということがあった」という意味を表す。
そして、seeはもちろん感覚動詞(知覚動詞)なのだが、下線で示したのが《感覚動詞+O+過去分詞》の構文。「Oが~されるのを見る・聞く・感じるetc」の意味。ここでは「2020年はアフガニスタン人が殺されるのを見た」と直訳されるのだが、それを上の項目と合わせてうまく調整して日本語にしなければならない。
最後に、3つ目のポイントは、青字で示した《比較級 + than + any other ~》の構文。「ほかの~よりももっと…な」の意味で、内容的には最上級である。
John is taller than any other boy in his class.
(ジョンはクラスのどの男子よりも背が高い=ジョンはクラスの男子の中で一番背が高い)
ここでは「世界のどの国でよりも、多くのアフガニスタン人が、爆発物で殺された」=「アフガニスタンで爆発物によって殺された人の数は世界で最多となっている」という意味である。
この後の部分で英軍人がかなり楽観的なことを言っているのだが、そんなの、学校で先生が見てるときはクラスのみんなはおとなしいが、先生が教室から出ていった瞬間にわーわー騒ぎ出すという具体例を思い起こすまでもなく、米軍が撤退した瞬間に……というくらい気持ちにならざるを得ないことがこの記事には書かれている。
ではどうしたらよかったのか。
その答えはない。誰も知らないだろう。その空白に、例えばイスラム主義が入ってくるのだが。
※2900字
↑この映画については https://filmarks.com/movies/54538 を参照。