今回の実例は、ロシアからもウクライナからもイランからも中東からもひどいニュースしか流れてこないようなこんなときだからこそ、人間っていいな、的な希望が少しは持てるようなニュース。ちょうどノーベル賞の発表も始まったので、「人類全体」を考えるきっかけにもなる(日本にいると、ノーベル賞は「日本人受賞者がいるかいないか」だけが重要なこととして報じられているので感覚がおかしくなっているかもしれないが、本来、「人類全体」への貢献をたたえる賞であり、それが「日本人の」貢献かどうかはほぼ関係ない)。
2014年にインターネットをしっかり使っていた人ならば「氷(アイス)バケツ」をご記憶だろう。ビデオカメラの前で、洗車とかに使うような大き目のバケツいっぱいに入った氷水を頭からかぶり、「次は〇〇さんにお願いします」とバトンをつないでいくというネット上、特にSNS上の流行があった。目的はALS(筋萎縮性側索硬化症。「ルーゲーリック病」とも)の研究支援を呼びかけること。
これは、氷水を突然かぶったときの感覚でALSの症状を疑似体験できるから、などの説明が当時つけられていたが、どうやらそういうことより、ずっと以前から米国の一部などで行われていた「冷水チャレンジ」が原型だったようだ。誰かが肉体に負担のかかる体験をするので、それを見た人は慈善団体に寄付をしてください、というパターンの慈善活動は、英国でも米国でもよく見られるもので、例えばロンドン・マラソンでも、派手な着ぐるみを着たランナーがそういう主旨で出場しているということがあるのだが、「冷水チャレンジ」も同様で、「私が冷たい水をかぶるので、見た人はよければ、がん研究の〇〇研究所に寄付をしてください」ということで行われていたという。
氷バケツ・チャレンジは、ウィキペディア日本語版にもあるように、誰もが知る著名人が、当時上り調子だったソーシャルメディアを使って次々とバトンを渡していったことで、爆発的に広まった。私の見ている範囲では、北アイルランドの政治家たちにまで広がっていて、ここ30年か40年は政治家をしている元IRAのコワモテの方々がスーツを脱ぎネクタイを外して家の裏庭のスツールに腰かけて、身内の人たちからバケツ一杯の氷水をぶっかけられているという、シュールな光景が流れてきたものである。2012年にエリザベス女王(当時)と握手した写真が最近また何度も流れてきた故マーティン・マクギネスは、お孫さんたちに囲まれて何倍もの氷水を浴びせられてにこにこしていた。
さて、その氷バケツ・チャレンジについて、その後、こんな展開になっているよということが、10月1日に米NPRで伝えられている。記事はこちら:
見出しを見ればわかると思うが、朗報である。ああいう「チャレンジ」になじみのなかった日本では、あの「ネット上の流行」はただの「バカげたお遊び」だろうという方向の冷笑もけっこう見かけたように思うのだが、冷笑系の方々が好きそうなフレーズを使えば、実際にしっかりと「結果を出し」ている。
実例として見るのは、記事の第2パラグラフから、「アイス・バケツ・チャレンジ」とはどのようなものだったかを説明する記述:
ここでいう "friend" は、実際の友人であることもあれば、ネット上(特にFacebook)の「友達」であることもある。
After your friend spoke a bit and made a pledge to donate money to the ALS Association, a massive bucket of ice water was poured on their head, drenching them as they tried to shake off the cold.
少し長さのある文だが、構造はシンプルで、構造さえちゃんと取れれば簡単に読める。スラッシュを入れれば次のようになる。ていうかコンマがある通りだね。
After your friend spoke a bit and made a pledge to donate money to the ALS Association, / a massive bucket of ice water was poured on their head, / drenching them as they tried to shake off the cold.
最初のパートは接続詞afterが導く《副詞節》で、主節はその次の部分、最後は《分詞構文》だ。
まずは最初のパート:
After your friend spoke a bit and made a pledge to donate money to the ALS Association,
細かなことだが、"and" が作る構造をいちいち確認しておこう(こういうことをやるかやらないかで、読解力に大きな違いが出てくる)。ここでは、"and made" とandの直後が動詞の過去形なので、先行する動詞の過去形を見つけることで構造が取れる。ここでは "spoke" だ。「話をして、そして~を作る」という構造である。
意味は「あなたの(ネット上の)友達は、少し話をして、お金をALSアソシエーションに寄付しますと宣言したあとで」。
次のパート:
a massive bucket of ice water was poured on their head,
《受動態》である。ここでは特に行為主を示していないが、示す必要がないからこういう形をとっている(水をかける行為主は、自分自身である場合もあるし、隣に立っている誰かである場合もあるし、カメラを回している人が正面からばしゃーっと浴びせるとか、コントみたいに頭上のたらいから水が浴びせられるとかいったものもあった)。
文意は「たっぷりバケツ一杯の氷水が、その人の頭の上に注がれた」。
過去形になっているのは、記述全体の基準となっているのが過去だからである。
最後、分詞構文のところ:
drenching them as they tried to shake off the cold.
"drencing" は「~を水浸しにする」という動詞の現在分詞で、ここでは前からの流れを受けて「バケツ一杯の氷水が頭上に注がれ、そしてその人を水浸しにする」。
最後にある "as" の節は、それとほぼ同時に起きることを述べていて、直訳すれば「冷たさを振り払おうとする」だが、日本語で書くならここは「思わず身震いする」とかそんな感じになるだろう。
あとこの文、人称代名詞がtheyだが、単数を受けていることにも注意。性別を特定せずに使う3人称単数の人称代名詞である。その点、改めて見ると、次のようになっていることが確認できよう。
After your friend spoke a bit and made a pledge to donate money to the ALS Association, a massive bucket of ice water was poured on their head, drenching them as they tried to shake off the cold.
その次の文(ここにも《文頭のAnd》があるね):
And whether it was before or after, each video included a challenge to another friend to do the same thing.
太字で示した部分、《接続詞のwhether》を用いた《譲歩》の表現で、《whether A or B》の形で「AであろうとBであろうと」。「(水をかぶる)前であろうと後であろうと、それぞれのビデオに、また別の友達に同じことをするよう呼び掛けるチャレンジが入っている」。
このincludeの使い方など、大学入試の自由英作文にもどんどん応用できるから、覚えておくといい。「~を含む」という意味で使われる英単語にはincludeのほかcontainもあるが、この点は、辞書でincludeとcontainをひいて、それぞれの例文をよく見比べてみてほしい。(これらの2語は相互置換できない。)
辞書といえば、かの『ジーニアス英和辞典』の第6版が、11月のはじめに出る。かなりの改訂や加筆が行われているとのことで、私はもう予約してある。
※3700字