今回の実例は、Twitterから。といってもいつものように誰かがTwitterに投稿した文面ではなく、Twitter社が提供しているサービス名について。
Twitterで、新機能「Twitter Pro」が導入されたということが、昨日(11月3日)から話題になってきた。どういうふうに話題になっているかは、下記「ねとらぼ」記事に詳しい。
そして、いみじくもこの「ねとらぼ」記事の見出しにあるように、「Twitter Pro」というサービス名は、「プロツイッタラー」「ツイッターのプロ」という何やらおかしな存在を想起させる。なぜこれがおかしいのかというと、そもそも「ツイッター」に「プロ」も何もないだろう、ということがあるからだ。「プロの文筆家」はいても「プロのツイッタラー」はいない、ということは、誰もが了解する通りである。
だから日本語の「プロツイッタラー」という珍妙な語によって人々が連想するのは、俗語でいう「ツイ廃」、つまり「ツイッター廃人」(ツイッターのやりすぎで廃人化している人)ということになってしまう。
和訳(意訳)したら「ツイ廃」ですもんね……。 https://t.co/dlaAsJ2L8u
— nofrills/文法を大切にして翻訳した共訳書『アメリカ侵略全史』作品社など (@nofrills) 2021年11月3日
個人的にはこの「Twitter Pro」なる新機能に何も関心がなかったので、ふざけるだけふざけたらそれで忘れてしまったのだが、先ほど、自分のサイドバーに用があったので見てみたら、英語版では名称が違っていることに気が付いた*1。
Twitter英語版で見てみたら、"Twitter Pro" ではなく "Twitter for Professionals" なんですね。訳せば「プロ向けツイッター」、少し噛み砕くと「専門職向けのツイッター環境」みたいな感じ。「ツイッターのプロ」と読める日本語環境での "Twitter Pro" とは語感のレベルで方向性が違う。 pic.twitter.com/P8ROfwxX8j
— nofrills/文法を大切にして翻訳した共訳書『アメリカ侵略全史』作品社など (@nofrills) 2021年11月4日
日本語環境での表示。 pic.twitter.com/OaTb5auwvU
— nofrills/文法を大切にして翻訳した共訳書『アメリカ侵略全史』作品社など (@nofrills) 2021年11月4日
もう少し見やすくなるように、並べてみることにしよう。下記画像2点、左側が英語版、右側が日本語版である。
英語での "Twitter for Professionals" を、日本語では "Twitter Pro" とすることについて、個人的にはよく米本社がOKしたなと思うくらい意味が違ってしまっているのだが、じゃあどうすれば、みたいなことを考えるのは私の仕事ではない。「意味が違ってますよ」と指摘するくらいのことはひとりのユーザーとしてやるけれども……。
ともあれ、この "Twitter for Professionals"/ "Twitter Pro" がどういうものかは、Twitter社が出しているヘルプを見るのが最も確実だろう(ただし、日本語版は単なる文としてとても読みにくい)。
英語版:
日本語版:
このヘルプの表題の時点ですでにわかりづらいが、英語では "Professional account" とあるものが日本語では「Proアカウント」で、個人的には「ええとこれで翻訳ってことでOKなんすか」という印象を受ける(IT系の英日翻訳にはよくあることだが)。なぜかというと、英語の professional という語には「プロの」以外の意味があり、Twitter社が意図しているのはどうやらそっちであるようだからだ。
英語の professional という語が「プロの」の意味になるときは、多くの場合、形容詞である。
a professional baseball player
(プロの野球選手)
You can rely on him for that. He's a professional mechanic.
(その件なら彼に任せて安心していていいよ、プロの修理工だから)
このprofessionalという語は、名詞として使われるときもある。文脈から、何か特定分野の「手練れの者」ということが話者と聞き手の間で明らかな場合で、別の表現を使うなら、expertとかspecialistとなるだろう。
You just can't beat him, as he's a professional.
(彼を打ち負かそうなんて無理だよ、あの人はプロなんだから)
このprofessionalはproと短縮して書くことも多い("he's a pro" となる)。
ということを確認したところで、英英辞典を見てみよう。例によって、Collins Cobuild English Dictionaryを参照する(この辞書はウェブ版がブラウザから完全に無料で利用できる)。
形容詞として5つの定義文がある。
上に書いた "a professional baseball player", "a professional mechanic" という例は、その3つ目に該当する。
You use professional to describe people who do a particular thing to earn money rather than as a hobby.
...
Professional is also a noun.
「趣味としてではなく、金銭を稼ぐためにある特定のことをする人について説明する際に、professionalという語を用いる」といった説明だ。このprofessionalは、形容詞としてだけでなく名詞としても用いられる。
Cobuild辞書の4番目の定義も、3番目の定義と強く結びついたもので、3番目の定義が《人》について用いる場合であった一方で、4番目の定義は《もの・こと》について用いる場合の説明&用例になっている ("professional tennis" など)。
また、これをベースとして、「ある人がすることや作り出すものの品質がとても高いと好意的に評価する場合に、そのこと・ものについてprofessionalという語を用いる」という用法がある。Cobuild辞書の5つ目の定義だ。
If you say that something that someone does or produces is professional, you approve of it because you think that it is of a very high standard.
これは副詞の-ly語尾をつけた形 (professionally) でよく見かける。商品のレビューで "Very professionally finished" とあれば「仕上げがとても丁寧で感心した」といった意味だし、通販で何かトラブルが生じたときのショップ側の対応について "professionally handled" といえば「とてもスムーズに対応していただけた」といった意味になる。
一方で、ここまで飛ばしてきた定義の1番目と2番目だが:
1. Professional means relating to a person's work, especially work that requires special training.
2. Professional people have jobs that require advanced education or training.
1番目の定義は、「ある人の仕事、特に特別の訓練を擁する仕事に関連するという意味」で、2番目の定義は「特別に専門的な教育や訓練を擁する仕事を持っている人を、professional peopleという」。
これは日本語では広く「専門職」と訳されるprofessionalの定義だ。具体的には、弁護士などの法律家、医師、建築家、教師、研究者といった分野の人々を指す。銀行家や証券ブローカー、アナリストなど金融分野の職業人もprofessionalに数えられるが、同じように「専門的な教育や訓練」を要する仕事であっても、手先を使う仕事(大工や電気技師、配管工など)は、この意味でのprofessionalには含まれない(つまりprofessionalとは、主に「ブルーカラー」ではなく「ホワイトカラー」の人々を指す)。だから、手工芸分野の職人の技術は、日本語では「プロフェッショナルならではの熟練の技」として紹介されるだろうし、英語では「とても質が高い」系の意味でのprofessionalという語で説明されるが、その職人さん本人は英語ではprofessionalとは呼ばれない(男性ならcraftsmanと呼ばれるだろう)。
なんかもうここで当ブログ既定の4000字に達しているのだが、閑話休題。Twitter社がこの10月に英語圏で "Twitter for Professionals" というサービスを立ち上げたときに意図していたのはこちらの定義である。サービス導入時のリリースを見てみよう。
このページ、日本語訳はもとより、英語以外のページが準備されていないようだが(ページ末尾の右下にある言語切り替えボタンから見ようとしても、日本語版もドイツ語版もスペイン語版etcもすべて、 https://business.twitter.com/ のトップページに飛ばされてしまう*2)、1行目(ヘッダー画像のすぐ下にあって目立たないのだが)にこうある。
Professionals: Creators, publishers, businesses, nonprofits, developers – anyone who comes to Twitter to do business.
つまり、この "Twitter for Professionals" という新サービスで意図している "Professionals" とは、「クリエーター(コンテンツを作る人)、パブリッシャー(コンテンツを公開するプラットフォームの中の人)、商業、非営利企業、デベロッパーなど、ビジネスをするためにTwitterに来た人ならどんな人でも」と定義されている。
何かこの英語の時点で曖昧な部分もあったりしてわかりにくいのだが、要は個人用途(誰か知り合いとやり取りするためや、「うちの猫ちゃんが尊いから見て」といって映像や写真をアップしたり、愚痴を書き込んだり、面白い話を人に聞かせたりするためにTwitterを使う場合)ではなく、自分のビジネスを宣伝などするためにTwitterを使っているアカウントの持ち主ならだれでも該当する、ということになる。
クリエーター個人が「こんな記事を書きました。読んでください」とか「今度写真展を開催します。来てください」とか「こんなデザインのトートバッグを作りました。こちらで通販してます」「新作アルバムをリリースしました。レコ発やります」といった告知をする場合や、出版社が「今月の新刊はこちらです」「〇〇新聞の書評で弊社の□□という本が取り上げられました」などと案内する場合、オンライン・ニュースサイトが新着記事をフィードする場合、商店やレストランが「ボジョレーヌーボー入荷しました」「冷やし中華はじめました」「カレーフェス実施中です」と告知する場合、NGOが「シリアでの拷問の実態を明らかにする報告書を出しました」とフィードする場合など、個人用途を超えたTwitterの利用は、10年も前からごく当たり前になっているのだが、今回Twitterはそういう用途でのユーザーに向けてこのサービスを開始したわけだ。
つまり、「ツイッターを使う、他の分野のプロの人たちのために」というサービスであって、「Twitter Pro」という日本語での呼称から連想されるような「ツイッターのプロ」という意味は、はなっからない。
これは、「誤訳」の範疇ではないかとも個人的には思うが、Twitter社がこれでいいよといったのならこれでいいのだろう。日本語圏はその「誤訳」をもとに勝手に暴走して、英語圏にはない独自の別世界を作って、サーバに負担をかけ、Twitterについての誤解は完全に広がってしまっているようだが、それでもいいのだろう。Professional向けのサービス導入の日本語化(ローカライゼーション)を、なぜ「プロ」に任せないのか……。
こうやって日本語が壊されていく……いや、「Twitter Pro」というサービス名は、そもそも日本語ですらない。でも英語でもない(英語では "Twitter for Professionals" で、長すぎるというなら "Twitter for Pro" だ)。ではこれは何語なのか。
と考えだしたら夜も眠れなくなるのでこの辺にしておこう。
なお、写真共有サイトの老舗、Flickrが、ずーっと昔っから、有料で利用しているユーザーを "Pro" と呼び、広告の非表示、無制限のアップロードなど、無料ユーザーにはないサービスを提供している(一時、米Yahoo! 傘下に入っていたときは「有料」が撤廃されていた時期もある)。この "Flickr Pro" という名称には、ユーザーからの異論・反論がなかったわけではないと記憶しているが(写真という分野は、「プロ」ではなく「アマチュア」を貫くことに誇りを持っている人がかなり多くて、Flickrはスマホ登場のずっと前からある写真サイトで、今のように猫も杓子もネットに写真をアップする時代のサービスではないし、ユーザーもフィルムカメラ時代からの写真愛好家が多く、中には職業写真家もいるが、多くは「アマチュア」である)。
※どうでもいい話を延々と書いて、ほぼ6000字。