今回の実例は、Twitterから。
次のツイート本文を読んで意味が取れるだろうか。
I make a good ornament
— Larry the Cat (@Number10cat) 2022年11月14日
(Photo @PoliticalPics) pic.twitter.com/JDKmzP26ed
「猫のラリー」さんが、何か細工物をして、オーナメントを作るのだろうと思った人がいたら、英和辞典を引いてほしい。
#英語 #実例
— nofrills/文法を大切にして翻訳した共訳書『アメリカ侵略全史』作品社など (@nofrills) 2022年11月14日
「makeなんていう簡単な単語で辞書引くなんて、ありえない。中学レベルwww」という態度の人はほぼ確実に誤訳する文。 https://t.co/bz0AzQnVUp
makeには、《他動詞》でなく《自動詞》の用法がある。文型はSVCだ。
紙版の『ジーニアス英和辞典』第5版では1286ページに出ている。
先日出たばかりの同辞書第6版では、1257ページだ。
どちらでも説明は変わっていない。具体的な説明は辞書でご確認いただきたい。
"I make a good ornament." という文のa good ornamentを目的語ととらえると(つまり、makeを《他動詞》と取ると)、「私はよいオーナメント(装飾品)を製作する」と解釈されうるが、この文はそういう意味ではない。ラリーさんは何かを作るわけではない。この文は、「私」(=ラリーさん)がa good ornamentになるという意味である。
この《自動詞》のmake, 英英辞典で確認しようとしてもなかなか難しい。コリンズ辞書には、link verb useとして、次のようにある。ちなみにlink verbについてはブリカンのこの説明が簡明だ。
You can use make to say that someone or something has the right qualities for a particular task or role. For example, if you say that someone will make a good politician, you mean that they have the right qualities to be a good politician.
つまり、何らかの資質や能力が必要な作業を行ったり、役割を果たしたりできるだけの資質や能力がある(から、その作業を行ったり、その役割を果たしたりできる)、ということを意味する。
コリンズの例文としては、「ある着想がmake a good book」だとか「ある人物がmake a pilot」というものが挙げられている。
私が受験生のときはこのmakeの例文といえば "She will make a good wife." で、さすがにそれはあまりにもセンスが古いんではないかと当時から言われていたが、日本の学参・英文法書のそういうところはなかなかアップデートされづらいし(今でも、よく売れている新しい本がのっけから「世界には女性が差別されている国があります」みたいな調子で、性差別を完全な他人事として記述しているのが現実だ。その本の原稿は、医大の入試で女子が低く扱われていたことが社会問題となった後、都立高で女子が男子より高い得点を取らないと入試に通らないことが報道されていたときに書かれていただろうに、うちらの闘いはいったい何なのか)、ひょっとしたら今でも高校生のときに覚えた例文で学生さんに教えている教師・講師もいるかもしれない。
一方で、『ジーニアス英和辞典』では、最新の(今月出たばかりの)第6版での例文は、"He will make a fine teacher." である。8年前に出ている第5版でも同じだ。この例文の場合、「彼」には資質があるから、「立派な先生になるだろう」と言っているのである*1。
では、「猫のラリー」さんのツイートは何を意味しているのか。
Twitterでは、「猫のラリー」さんは、なかなか多面的な性格を持っているが、基本的に、見目麗しいことを得意げに思っている、というキャラである。ラリーさんはどこかで拾われたか誰かによって施設に持ち込まれた保護猫だが、妙にカメラ慣れしているし、人が大勢いたり、ばたばたと気ぜわしく動き回ったりしていてもおびえることも動じることもなく、首相官邸の前で寝ていたり、官邸の向かいに常に構えている報道陣の前でポーズを取って見せたりしている。その写真が毎日報道陣の誰かによってアップされていて、そのこともラリーさんの「見目麗しい自分をみんなに見てほしいと思っている」みたいなキャラ設定に貢献している。
というわけで、「(見目麗しい)私なら、装飾品としてすばらしいものになる」というのが、ラリーさんの発言の意味である。こんな文面では「翻訳」としては使い物にならないかもしれないが、「英文和訳」であればこれで満点だろう。
ではどうすれば「翻訳」になるのかは、別の話だ。英語のornamentにあたる日本語の「装飾品」「飾り物」は悪いニュアンスがあるから(実質を伴わない、どうでもよい、なくてもかまわないようなものについて使うことが多い)、そこから考えなければならないだろう。
※2570字
*1:この例文は、こちらの英語学習者用質問掲示板にも出ている。たぶん、標準的な(よくある)例文なのだろう。こちらの質問掲示板には、He will make a good teacher. とHe will be ~, He will become ~の意味・ニュアンスの違いが解説されている。そこでは ’“Make” carries a sense of achievement, whereas “become” sounds more passive.' と解説されているが、これは『ジーニアス英和辞典』の解説と同じである。