今回の実例は、報道の特集記事から。
この1か月、私の見ている英語圏報道機関のトップページはウクライナ情勢・ロシアによる対ウクライナ侵攻一色だが、そうなったのはロシアが軍を動かして威圧し、米国がそれを深刻に受け止めて、今までにないスタイルで情報を世界に公開したあとのことだ。では、その前、トップニュースになっていたのは何だったか。
もうあまり細かくは覚えていないのだが、英国のメディアはボリス・ジョンソン首相のいわゆる PartyGate が連日トップニュースだった。ジョンソンが嘘をつくから、PartyGateの騒ぎは延々と報じられ続け、日ごとに大きくなっていた。
それと同時に、トップニュースの次くらいに大きなニュースになっていた「難民」のニュースがあったはずだ。2021年の晩秋から、今回ウクライナ情勢が緊迫するまで、多くの報道機関がそれなりに熱心に伝えていた「難民たちの危機」「人道上の懸念」のニュースが。
その報道に見られた「熱心さ」は、ウクライナ侵攻が始まって英語圏報道各社が本気を出したときに、本来の「熱心さ」の分量のほんの一部であったことが露呈したのだが。
その「難民たちが直面している人道上の懸念」のニュースも、東欧、ポーランドから伝えられていた。正確にはポーランドとベラルーシの国境からだ。
日本の報道機関もこれは伝えていた。例えば下記は、2021年11月13日付のNHKニュースの記事だ。
ベラルーシ西部のポーランドと接する国境付近には、中東などから来たとみられる大勢の移民が集まっています。
ただ、ポーランド側は国境管理を厳格化していて数千人が越境できずに行き場を失い、現地からの映像では、厳しい寒さのなか数多くのテントが張られている様子や幼い子どもの姿もみられます。
地元メディアはこれまでに低体温症が原因で亡くなった人もいると伝えています。
この問題でEUはベラルーシがこれまでに科された制裁に対抗するため、大勢の移民を意図的にEU加盟国内に越境させようとしていると非難し、新たな制裁を検討しています。
これに対し、ベラルーシのルカシェンコ大統領は今月11日、ロシアからベラルーシを通過してEU側に運ばれる天然ガスを止める可能性を示唆し、EUを強くけん制しました。
また、ベラルーシの後ろ盾となっているロシアもベラルーシの空域に戦略爆撃機を派遣してパトロールを実施したほか、合同の軍事演習も始めるなど、ベラルーシと連携する姿勢を示しています。
このとき、ベラルーシとポーランドが、いわば「押し付けあって」いた人々(もっと言えば、ベラルーシが「兵器化」していた人々)は、中央アジアや西アジア、アラビア半島から脱出してきた人々だ。酷寒の地で、屋根も壁も何もないところに置き去りにされたのは。
だからこそ、ウクライナから人々が脱出するような局面になったときにポーランドがもろ手を挙げるようにして「難民を歓迎します」という姿勢で臨んだのは、ネットで私の見ている範囲の一部からは、鼻白んだ態度で受け止められていた。
実際、ウクライナから脱出してきた人々でも、留学生などで肌の色が白くない人は、国境を超えることを拒まれたりしていたという。ウクライナからの難民を取材するためにポーランドに入ってたBBCの取材チームでも、黒人の記者らが陰湿な嫌がらせにあっていた。
Polish 'ultra' fans intimidate BBC Africa reporters https://t.co/8F6CGSvDpB via @BBCNews ポーランドでウクライナから逃げてきた白人以外の人々を拒絶し嫌がらせしているのはフットボールの「ウルトラ」と。難民取材で現地入りしているBBC記者ら(黒人2人と白人1人)がどんな目に遭わされたか。 pic.twitter.com/oakagvA55Z
— nofrills/文法を大切にして翻訳した共訳書『アメリカ侵略全史』作品社など (@nofrills) 2022年3月3日
国境のウクライナ側でもウクライナ人によって、アフリカ人やアジア人は止められているという。たぶん、国境の向こう側の極右・ホワイトナショナリストと話をつけてそうしているんだろう。EURO 2012のときもこの地元フットボールでの人種差別が問題視され、イングランド代表の黒人プレイヤーが……
— nofrills/文法を大切にして翻訳した共訳書『アメリカ侵略全史』作品社など (@nofrills) 2022年3月3日
……大変な思いをしていた。もちろん、EUROというイベントにはあのような差別主義者の居場所はなく、BBCの特集は過剰でmisleadingで「東欧」への差別を内包したものだったけれど、それはローカルなシーンでの人種差別もないという意味ではない。そういうのが今、この局面で、むき出しになってる。
— nofrills/文法を大切にして翻訳した共訳書『アメリカ侵略全史』作品社など (@nofrills) 2022年3月3日
と、すでに2000字を超えているが、ここまでは前置き。
ベラルーシとポーランドの国境で、このようにして居場所のない状態に置かれていた難民の中には、アフガニスタンから脱出してきた人々もいた。
アフガニスタンは、米軍が本当に唐突に(当時のアフガニスタン政府に伝えるという手続きすら踏まずに)全面撤退し、当時の大統領など政府要人が国を守るどころかとっととばっくれてしまって、雪崩を起こすようにして主要都市が次々とタリバンの支配下にはいり、ついに首都カブールまでもがタリバンのものとなった直後は、何とか脱出しようとする人々のことが英語圏主要メディアで連日トップニュースになっていた。そのニュースの波が収まったあとも、特に女子教育の点について、週に1度くらいは熱のこもった現地報告が、トップページが全部ウクライナウクライナウクライナという状態になるまでは、BBCニュースで続いていた。
そのアフガニスタン情勢について、かなり久しぶりにBBCニュースの記事のフィードが来た、と思ったら、女性や教育の話ではなく、飢餓についての記事だった。かつて英軍の拠点があったヘルマンド州から、ヨギタ・リメイ記者が伝えている。
The tragedy of Afghanistan's malnourished children https://t.co/ApvElgdi7a
— BBC News (World) (@BBCWorld) 2022年3月16日
とにかくひどい状況だ。タリバン政権が、一部で言われているように行政的に有能なのだとしたら、もう戦闘がなくなり「平和」になったアフガニスタンでなぜこのようなことが起きているのか、と思わざるを得ない。
かなり分量のある、痛ましい内容の記事だが、ぜひ全文を読んでいただきたいと思う。
英語の実例としてみるのは、記事の一番下のセクションから
キャプチャ画像の最初のパラグラフの第3文。このパラグラフは、ハミード・グルさんの家族について述べている。彼の娘さんのうちの2人、ファルザナさんとナズダナさんは、栄養失調に陥っている。食べるものがないのだ。
Nazdana is so ill (that) he's sent her to her grandparents because he's unable to feed her.
文中の "he" はHameed Gulさんのこと。この文は《so ~ that ...》の構文で、上にカッコで記したように、thatが省略された形である。
文意は、直訳すれば、「ナズダナさんはとても具合が悪いので、彼(ハミードさん)は彼女を彼女の祖父母の元にやった。なぜならば、彼は彼女を食べさせることができないからだ」となる。
ハミードさんは、栄養失調に陥っている自分の娘を食わせていけず、義理の両親(本人の親でないことはこの後の部分でわかる)に預けているのだ。
その次の文:
His 10-year-old son Naseebullah has already begun to work on the fields to help out.
"His 10-year-old son Naseebullah" は《同格》を含むフレーズで、「彼の10歳の息子、ナシーブラー」という意味。書き手によっては、"son" と "Naseebullah" の間にコンマを置いて、 "His 10-year-old son, Naseebullah, has ..." という書き方にするだろう。
"has already begun to work" の部分は、特に説明はいらないだろうが、《現在完了》を使った表現で、 "to work" は "begun" の目的語になっている《to不定詞の名詞的用法》。最後の "to help out" は《目的》を表す《to不定詞の副詞的用法》だ。
文意は「彼の10歳の息子、ナシーブラーは、(家を)助けるために、すでに畑で働き始めている」。
その次のパラグラフ
The unending suffering of his family is the legacy of foreign actions, present and past. Hameed's home was bombed in American airstrikes five years ago. Ten of his family, including his parents, six brothers and a sister were killed.
「彼の家族の終わりのない苦難は、現在も過去も含めた外国の行動の遺産である。ハミードの家は、5年前に、米国の空爆でやられた。彼の両親、男のきょうだい6人と女のきょうだい1人など、家族のうち10人が殺された」
ここは "including" の使い方に注目したい。《A, including B and C》は多くの場合、「BやCを含むA」の意味で、例えば「神奈川県や埼玉県、千葉県を含む一都六県」という感じで、includingの前に置かれている語は、そのあとに列挙される語群より広い(大きい)範囲を言う。この例では「彼の家族の10人」は、「両親(2人)と兄弟6人、および姉か妹1人」の9人を含む、ということで、もう1人は同居はしていたが直接の血縁のない人(例えば兄の妻)ではないかと思う。いずれにせよ、大変な被害だ。一家全滅に近い。
次のセクション:
"We had no connection with the Taliban. My house was unjustly bombed. Neither the Americans, the previous government or the new one offered to help me," Hameed says.
"We eat just dry bread. About two to three nights a week, we go to bed hungry."
最初のカギカッコの中は「私たちはタリバンとは何の関係もなかった。私の家は、間違って(不正に)爆撃された。(そして)アメリカも、前の政府も今の新しい政府も、私に支援を申し出ていない」
ここでは《neither ~ or ...》の形に注目したい。通例、neitherは2つのものを並べて両方を否定するときに使うが(Neither Russia nor China supported the resolution. 「ロシアも中国も、その決議を支持しなかった」)、ここにあるように3つのものを並べて否定することもある(Neither BBC, CNN or AFP reported the incident. 「BBCもCNNもAFPも、その事件を報じなかった」)。また、規範的には接続詞はnorを使うのだが、ここでのようにorを使う例もある。
2番目のカギカッコは、「何も塗っていないパンしか食べていない。1週間のうち2晩か3晩は、空腹をかかえたまま就寝する」の意味。
"dry bread" は、バターやジャムのようなものを塗っていないパンのこと。アフガニスタンで西洋のバタートーストのようなものを食べているわけではないのだが(パンの種類が違っていて、インド料理屋でおなじみの「ナン」のようなものを食べる)、要は、パンしか食べるものがない、ということだ。
"go to bed hungry" は「腹が減った状態でベッドに入る」の意味。夜、何も食べずに眠りにつくということである。
ハミードさんの家のこの食糧事情は、何も例外的なものではないという報告がこの記事の締めくくりになっている。