このエントリは、2020年11月にアップしたものの再掲である。
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【後日追記】この件についてのエントリはカテゴリでまとめて一覧できるようにしてあります。【追記ここまで】
今回の実例は、予定を変更して、今日まさにTwitterで話題になっている件について。
米国のバラク・オバマ前大統領が回想録を出したとかで、今週は英語圏の各メディアでもロング・インタビューを出すなどしていた。BBCも(ドナルド・トランプがぎゃあぎゃあ言ってるのをよそに)オバマのインタビューをトップニュースにしていた。それがトップニュースになっているときのキャプチャは取っていないが、記事はこちら:
回想録そのものについては、BBCに出てるのはこれだけかな:
ほかの媒体のサイトを見るなどすれば、回想録についての記事はたっぷり出てくるだろう。今回の本題はそれではない。
この回想録について、日本語圏でも日本語で「報道」がなされている。そして、その日本語の質がひどいということで、特にオバマには関心がない*1私の視界にもそれについての発言がどんどん入ってきている。
「ひどい」と指摘されている(ツッコミが入っている)のがどういうものかというと:
【鳩山氏は厄介 オバマ氏回顧録】https://t.co/L46ZfGonaj
— Yahoo!ニュース (@YahooNewsTopics) 2020年11月17日
オバマ前米大統領が17日、回顧録を発売。2009年11月に鳩山由紀夫首相(当時)と初会談したことに関し、「感じは良いが厄介な同僚だった」と指摘した。
これは時事通信の記事をYahoo!ニュースのTwitterアカウントがフィードしたものであるが(したがって文責は時事通信にある)、結論からいえば、おそらく「厄介」なんてことはオバマは言っていない。「扱いづらい相手」「やりにくい相手」という意図はあったのかもしれないが(詳細後述)、それは「厄介」ではない。さらに言えば「同僚」もおかしい。
この記事には次のようにあるが、朱字で示すところが問題ありである。
オバマ前米大統領は17日発売の回顧録で、2009年11月に鳩山由紀夫首相(当時)と初会談したことに関し、「感じは良いが厄介な同僚だった」と指摘した。その上で、「3年弱で4人目の首相であり、日本を苦しめてきた硬直化し、目標の定まらない政治の症状だ」と酷評した。
本稿、少し長くなるので目次をつけておく。
準備: 原文の確認(Google Booksの利用)
まず、オバマ氏の回想録の原文を確認してみよう。Twitterでは何人かが電子書籍から当該箇所を引用しているが、自分でも直接参照できればそれにこしたことはない。買えばよいのだが、このためだけに1冊蔵書を増やせるほどの余裕は金銭的にもないし、いくら電子書籍があるとはいえこれ以上「積読」を増やすわけにもいかない――というときにまず見てみるのは、Amazonの電子書籍のSearch Inside(なか見検索)だが、この本でKindleで読めるのは序文の前半だけで、Search Insideには対応していない。
そこで、次の手段としてGoogle Booksを見てみる。Google Booksについて説明している時間はないのでここでは説明は端折るが、英語で調べ物をする人には必須のサイトのひとつがGoogle Booksである。いわゆる「ウェブサイト」「ウェブページ」だけでできる調べ物など、全体の一部であり、最終的には本で調べなければならないことはとても多い。そのときにウェブ検索ではなくGoogle Booksを使うことで、ある程度のことができる場合が多い(ただし私が知っているのは英語圏に限った話)。というわけで:
問題の箇所、本買わなくても(合法的に)確認できます。AmazonのKindleのサンプルだと序文の最初の方しか読めない(search insideになっていない)のですが、Google Booksで 「obama a promised land hatoyama」で検索すると出てきます。https://t.co/K1fMhIJtfw ←このURLで飛べるかな。
— n o f r i l l s /共訳書『アメリカ侵略全史』作品社 (@nofrills) 2020年11月18日
こうして出てくる検索結果は2件で、そのうちの1件は索引、もう1件が当該の記述である。
まずは索引の方。 "Hatoyama" は1度しか出てこないことが確認できる。
続いてその1度しか出てこない本文の部分:
このテクストの文脈
文脈としては、「イラク戦争や2008年金融危機で米国の影響力は低下した」という見方が強まっている中で、米国は中国に圧をかけ (nudgeして)、中国のいわばめちゃくちゃなやり方を改めさせようとしており、またオバマ政権の前のブッシュ政権で着手されていた米国とアジアの自由貿易協定(TPPのこと)を進めようとしている中で、東アジアにおける同盟国、日本と韓国を訪問した、というくだりである。回想録という文脈では「最も重要なのは米国と中国との関係、アジアでの中国の動き」という流れでの記述だ。おそらくこの回想録の後段にそれについての詳しい話が出てくるので、そこを読まないとこの箇所の翻訳はできない(読むことはできるけれど、適切な訳語は選べないだろう)。
オバマ氏は、そういうタイミングで日本を訪問し、首相と会談し、天皇皇后に謁見したということを書いている。そしてそのときの首相が鳩山由紀夫氏だったのだが、ぶっちゃけ、ほとんど印象に残っていないらしい。オバマ氏の筆は天皇皇后については次のように25行を費やして印象的だったことを綴っているが、鳩山氏については上記の10行に収まっている。
民主主義的な手続きで選出された政治リーダーより、選挙を経ない天皇や国王についての記述の分量が多いのは、民主主義国のアメリカの大統領としてはけっこう破格なことではないかと思うが、そのくらい、鳩山氏の印象が薄かったのだろう。ひょっとしたら、この訪日については、草稿の段階では天皇皇后のことだけ書いていて(それしか思い出せなくて)、推敲するときにこれはまずいんじゃないのかと思い直して首相のことも書き添えたのかもしれない。そのくらい、薄い記述である。「よく知り合う前にいなくなっちゃったし」的なことも書いてあり、2020年の現在、こういう記述を公にするということは、オバマ氏に非はない(つまり他国の政治リーダーを軽んじていたわけではない)ということが言外に言いたいのかもしれない。
本編: 問題の箇所の検討
時事通信がでかでかと報じている部分は原文はこうだ。
IT HAD BEEN more than twenty years since I'd traveled Asia. Our seven-day tour started in Tokyo, where I delivered a speech on the future of the U.S.-Japan alliance and met with Prime Minister Yukio Hatoyama to discuss the economic crisis, North Korea, and the proposed relocation of the U.S. Marine base in Okinawa. A pleasant if awkward fellow, Hatoyama was Japan's fourth prime minister in less than three years and the second since I'd taken office -- a symptom of the sclerotic, aimless politics that had plagued Japan for much of the decade. He'd be gone seven months later.
問題点1: 「~と指摘した」という日本語
時事通信の記事で "「感じは良いが厄介な同僚だった」と指摘した" と日本語化されている部分を朱の太字で示したが、まずこの「指摘する」という日本のメディア用語がとても奇妙だということは先日も述べた通りで、「~と述べている」「~と書いた」とすればよいところを「~と指摘した」とするのはただの口癖みたいなものなのだろうが、この場合はさらにひどくて、個人的な印象や感想を述べているところにまで「指摘」はないだろう。この日本のメディア用語の「指摘する」は、主語が何らかの権威性のある人(教授とか大臣とか)である場合に用いられることが多く、「~と述べた」の代わりに「~と指摘した」と書くだけで何かとても有意義な発言があったかのような印象が作られる。「足元に寄ってきた猫が『まだごはん食べてないんですけど』と訴えた」なら「はいはい、さっき食べてたよね」と言える感じだが、「足元に寄ってきた猫が『まだごはん食べてないんですけど』と指摘した」ならば「え、そう? ひょっとして私、忘れてた? ごめんねー」となっちゃう感じ。
まあこれは、今回のメインの問題ではない。メインの問題はそのカギカッコの中だ。
問題点2: "pleasant if awkward" を「感じは良いが厄介な」とするのは誤訳
原文の "A pleasant if awkward fellow" を、時事通信は「感じは良いが厄介な同僚だった」としているが、これは誤訳である。
fellowを「同僚」とするのもおかしいのだが、このレベルの誤訳でもここでは枝葉末節になってしまうくらい、本筋の誤訳がでかい。ちなみに私がこの翻訳の仕事をいただいたら、オバマがここでfellowという語を使った理由は何だろうと調べ始め、英国人なら "He's a jolly good fellow" の歌を下敷きにした表現として使っている可能性もあるところだが、米国人ではどうなのかとかいうことを調べ始め、YouTubeだの何だのを見まくって半日費やしてしまうだろう。そして結論は、おそらく何の理由もない平凡な表現として使われている、ということになるだろうが……。
閑話休題。本題に入ろう。この箇所には2つの問題がある。1つは構文の問題、もう1つは語義の問題である。たった3語の "pleasant if awkward" を二重に誤訳しているわけだ。
《形容詞A if 形容詞B》という表現(構文)
"pleasant if awkward" は、《形容詞A if 形容詞B》という構造になっている*2。これは「形容詞Bではあるかもしれないが、形容詞Aだ」「たとえ形容詞Bであっても、形容詞Aだ」という《譲歩》の意味で、論理的には「形容詞Aだ」がメインである。つまりこの表現から何かを抜き出すとすれば、"pleasant" であって "awkward" ではない。ここを逆にしてしまうと、意味も逆になってしまう。
このロジックは、日本語で考えてみるとわかりやすいだろう。ロジック自体は英語でも日本語でも同じだからだ。
スーパーに行ったら、おいしそうなシャインマスカット(ブドウ)が並んでいる。食べたいなと思って値札を確認すると2,000円だ。この場合、「このブドウ、高いけどおいしいんだよな」は「だから買おう」というふうにつながっていくし(「おいしいから買おう」)、「おいしいけど高いな」は「だから買うのはやめよう」と展開する(「高いから買わずにおこう」)。
一緒に買い物に行った家族がシャインマスカットを「高いけどおいしいんだよね」と言ったときに「じゃあ、やめておこうよ」なんて言ったら、「人の話を聞いてないのか」と機嫌を損ねられてしまうだろう。そこは「でも、やめておこうよ」か、「じゃあ、買おうよ」だろう。
逆に「おいしいけど高いなあ」と言ったら、「じゃあ、やめておこう」か「でも、買おうよ」が普通に筋の通った答えであり、「じゃあ、買おう」だと「は?」となってしまう。
これと同じように、誰かについて "pleasant if awkward" という描写がある場合、筆者はその人について「pleasantな人物である」と言いたいのであり、「awkwardな人物だ」と言いたいわけではない。
つまり、報道用語で「~と指摘した」と言いたいのなら、ここは、「感じがよい人だったと指摘した」とすべきである。ロジック上、「厄介」の方はスルーすべきなのだ。
この構文については、 英文法の専門家である@41isyoichiさんがとてもわかりやすい例を紹介してくださっている (h/t 平井和也さん)。
「形容詞 if 形容詞」の形に要注意⚠️ pic.twitter.com/i40BI0m5Be
— Early Bird (@41isyoichi) 2020年11月18日
この構文、『ジーニアス英和辞典』(第5版)にも載っているので、手元にある方は見てみてほしい。副詞節のifの(3)のbのところ(p. 1064) だ。
僕も重点がどこにあるのかがポイントだと思います。ジーニアス英和辞典の解説では、このifプラス形容詞について「〜だけれども、〜だとしても」と訳すとして、ifの前の部分に重点を置く例文が紹介されています。
— 平井和也@ロバート・マクマン著『冷戦史』訳者 (@kaz1379) 2020年11月18日
私も確認しました。G5のp. 1064ですね。 https://t.co/KQu52obavX
— n o f r i l l s /共訳書『アメリカ侵略全史』作品社 (@nofrills) 2020年11月18日
(「翻訳を仕事にしているような人なら、ifなんていう基本語は辞書をひかないだろう」と思われているかもしれないが、ところがどっこい、こういう基本語ほど頻繁に辞書を引くことになる。)
『ジーニアス英和辞典』は改訂を重ねてこれまでに5冊出ているが、全部チェックしてみたところ、こうなっていた。
※19日朝・追記※
長くなりすぎるから投稿時は割愛したが、ここまで長くなれば一緒なので書いておく。『ジーニアス』でこのifについて「if節の主語・動詞 (be) は略される」と説明されているのは、次のようなことだ。太字部分が省略されている。
Tom is very pleasant if he is talkative. *3
さらにいえばこのifはeven ifなので:
Tom is very pleasant even if he is talkative.
……というように私はこのifを最初に学習したときに習った。高校2年か3年だ。このeven ifがifになる現象というのが英語学習者にはとてもわかりづらい。私もいまだによくわからない。ただ野生の勘みたいなのは備わっているので「このifは実はeven ifだな」という判断はできる。
※追記ここまで※
awkwardという語の意味
awkwardという形容詞は「ぎこちない」が原義で、人について使うときは、「どんくさい」とか、例えばダンスでリズムにうまく乗れてない様子とかを言うし、雰囲気について使うときは、「家族でテレビを見てたらラブシーンが始まって、場が気まずくなった」みたいなときや、「友達だと思って声を掛けたら知らない人でどうしたらいいかわからなくなった」みたいなときに使う。An awkward questionといえば「(悪気はないんだろうけど)答えるのに困ってしまうような質問」で、例えば年齢を聞いたり、信仰などパーソナルなことを質問したり、アフリカン・アメリカンの人に対して「あらまあ、あなた、お国はどちら? アメリカ? それは今のお住まいですわよね。そうじゃなくて、ご出身は?」というような質問などのこと。
さらに、人柄について使うときは、人と話すときにぎこちないということから「社交下手」、日本語のスラングでいう「コミュ障」の意味にもなる。
こういうふうな単語だから、訳すときにどう判断するかはかなり難しい。
これは連ツイしたのでそれを貼り付けておこう。読みにくいかもしれないけど……。
awkwardはただでさえ難しい語で、人物描写に使われるawkwardなんてその文章全体を読んでその書き手(語り手)がその相手とどういうやり取りをどういうふうにしてそういう印象を抱いたのかを把握しないと日本語化できないんですが、"He's awkward." に「やっかいな」が当てはまることはまずないでしょう
— n o f r i l l s /共訳書『アメリカ侵略全史』作品社 (@nofrills) 2020年11月18日
awkwardは「ぎこちない」が基本語義。例えば、日本語のネットスラングでいう「コミュ障」がawkwardですよね。何の映画だったか思い出せないんですが、アメリカの高校生が同級生を評する言葉でawkwardというのが出てきたときに「オタクっぽい」という字幕が出て、「それだ」と思ったことがあります。
— n o f r i l l s /共訳書『アメリカ侵略全史』作品社 (@nofrills) 2020年11月18日
念のため文脈を(記憶している範囲で)書いておくと、アメリカの高校で、地味な同級生Aのことを、スポーツの花形の同級生Bがどう思っているかという文脈で、BがAのことをawkwardと評した、という文脈です。
— n o f r i l l s /共訳書『アメリカ侵略全史』作品社 (@nofrills) 2020年11月18日
こういうときは語義がたくさん出てるのでdictionary[dot]comを見てみるとよいかも。https://t.co/iYRuQhYRae
— n o f r i l l s /共訳書『アメリカ侵略全史』作品社 (@nofrills) 2020年11月18日
オバマ回想録はもちろんそのくだりを全部読む必要がありますが一国の政治リーダーが他国の政治リーダーを評して言うときは1はまずありえなくて(これは運動技能や手先の器用さについて言う)
2の "lacking grace or ease in movement" や3の "lacking social graces or manners" だろうなあと思います。3は「場に不慣れな」ですよね。日本語だと(和製英語の)「ナイーブな」かなあ。"A pleasant if awkward fellow" は「ナイーブな印象ではあったがフレンドリーな人物」くらいの感じかなあ。
— n o f r i l l s /共訳書『アメリカ侵略全史』作品社 (@nofrills) 2020年11月18日
一方で、時事通信が拾った訳語は、5の "requiring caution; somewhat hazardous:" ですね。これは例文 (an awkward turn in the road) でもわかる通り、人について用いるのではなく物について用いる語ですね。さらにいえば限定用法だけじゃないかしらん。ちょっとそこは学習英和の出番。
— n o f r i l l s /共訳書『アメリカ侵略全史』作品社 (@nofrills) 2020年11月18日
requiring caution = awkwardということは、
— n o f r i l l s /共訳書『アメリカ侵略全史』作品社 (@nofrills) 2020年11月18日
requiring caution = making someone awkwardか。
requiring caution = making someone awkward = one has to be awkward
この理路で語義が広がっている形容詞ほかにもあったなあ、なんだっけ……どういうふうにメモったのかも覚えてない。
一個書き忘れてた。
— n o f r i l l s /共訳書『アメリカ侵略全史』作品社 (@nofrills) 2020年11月18日
requiring caution = making someone awkward = one has to be awkward = something is awkward
うちにある歴代『ジーニアス』を見てみたところ、4代目までは(最新の5代目では消えてるのだが) "requiring caution" の意、つまり日本語にすれば「〈立場・問題などが〉やっかいな、やりにくい、困った;〈人・物が〉扱いにくい」の意味で人について用いるのは「主に英国の用法」とあって、"It is awkward that she should be unable to come." という例文などが出ている。ただこれが限定用法なのか叙述用法なのかは書かれてなかった。この解説はもっとでっかい辞書じゃないと無理なレベルだろう。
英語の形容詞は、《人》について使うか《物・事》について使うかで大きく分けられます。さらに限定用法(直接名詞を修飾する)か叙述用法(be動詞の補語になる)かでも分けられますが。『ジーニアス英和辞典』は初版時にそこをはっきり示していたことで「すごい辞書」と受け入れられたのです。
— n o f r i l l s /共訳書『アメリカ侵略全史』作品社 (@nofrills) 2020年11月18日
《人》か《物・事》かというと、大学受験した人なら覚えているかと思いますが、《人》is familiar with ~, 《物・事》is familiar to ~っていうのがありますよね。あれが『ジーニアス』の最初のでどうなってるかというと、添付写真のように「物・事が」「人が」で立項されている。 pic.twitter.com/zGVgnOL93w
— n o f r i l l s /共訳書『アメリカ侵略全史』作品社 (@nofrills) 2020年11月18日
https://t.co/abWu39bnw6 これ、awkwardに「やっかいな」という日本語を当てたのは誤訳といってよいレベルの品質の訳で、英語を日本語にした担当者が本当に英語ができる(英語を使える)人なら、意図的な誤訳でしょう(英語を使う人ならば、意図的にしなければこういう解釈はできないので)。
— n o f r i l l s /共訳書『アメリカ侵略全史』作品社 (@nofrills) 2020年11月18日
逆に、「英語は大学受験まで」という人が辞書を引いて適切な訳語を見つけたつもりになって「やっかいな」を引っ張り出してきた場合は、その担当者の英語力がアレすぎです。「英語力」というか「英語辞書を使う能力」ですが(大学受験レベルでも国立難関大コースなら教わるんじゃないかという技能)。
— n o f r i l l s /共訳書『アメリカ侵略全史』作品社 (@nofrills) 2020年11月18日
いずれにせよ、"Mr Hatoyma was an awkward fellow." という文のawkward(つまり今回の実例のawkward)を"requiring caution" の意で解釈するのは、この文だけ単体でみても、非常に無理がある。そうではなく、「社交下手」「口下手」「こういう場に慣れてない」とかそういう感じだろう。オバマ氏が鳩山氏をそう見たのはどういうことなのかは正確にはわからない。鳩山氏はスタンフォード大で博士号を取っているから、英語で話すことに気後れしていたのではないだろうが、米大統領を前に地に足がついていない感じだったりとか、過度に緊張していたりしたのかもしれない。言いにくいことがあっておどおどと口ごもっていたのかもしれない(沖縄のこととかね)。いろんな可能性があるけど、そういうことを言い表す日本語として今の私に思いつくのは、和製英語の「ナイーブな」しかない。だが、そんな訳文を提出したらたぶんダメ出しを食らう。
今ブログ書いてるんだけど、そのときにYahoo!ニュースのフィードへのリプライを見たら、私の結論は竹田さんの結論と同じだった: https://t.co/MrVFInU8YZ "Awkwardというのは、「コミュニケーションがぎこちない」とか「会話が苦手」とかそういう意味"。人について使うときはそうですよね。
— n o f r i l l s /共訳書『アメリカ侵略全史』作品社 (@nofrills) 2020年11月18日
勝見さんはここを「不器用だが気さくな人物で」と整った訳にしている。
拙訳「(中略)鳩山由紀夫首相と経済危機、北朝鮮、沖縄の米海兵隊基地移設問題について協議した。不器用だが気さくな人物で、10年もの間日本を苦しめた硬直化した目的のない政治の病理により3年足らずで4人目の首相。私の就任後では2人目の首相となっていたが、7カ月後にはいなくなっていた」 pic.twitter.com/1gIjrtXjoT
— 💫T.Katsumi🌏OfficeBALÉS (@tkatsumi06j) 2020年11月17日
問題点3: オバマ氏は鳩山氏を「酷評した」のか
再度、時事通信の記事を見てみよう。
オバマ前米大統領は17日発売の回顧録で、2009年11月に鳩山由紀夫首相(当時)と初会談したことに関し、「感じは良いが厄介な同僚だった」と指摘した。その上で、「3年弱で4人目の首相であり、日本を苦しめてきた硬直化し、目標の定まらない政治の症状だ」と酷評した。
これ、日本語としても非常にひどい質で、後半の "その上で、「3年弱で4人目の首相であり、日本を苦しめてきた硬直化し、目標の定まらない政治の症状だ」と酷評した" の主語は「オバマ前米大統領」であることは明白なのだが、目的語がわからない。何を~だと酷評したというのか。「鳩山氏との初会談」か。そう考えると、「初会談を……政治の症状だと酷評した」ということになるが、これは意味不明で文が成立しない。
普通、人は記事を読むときにここまで丁寧に読まず、ぱっと読み流すのだが、そうするとここで記憶に残るのは「オバマ氏は鳩山氏を酷評した」ということである。というかこの日本語文は、そういうふうに記憶に残るように書かれている。
これは非常に困ったことで、いわゆる「フェイクニュース」の手法そのものだ。英語は主語・目的語といった構造がしっかりしていないと文にならない言語だから、この手法が使われるときは形容詞や副詞句などを使ってめんどくさい文が作られると思うのだが、日本語はなんか曖昧にしてごちゃっと書いてぼやかせばそれができてしまう。
確認しておきたいのは、第一に、"pleasant if awkward" が「awkwardではあったかもしれないが、pleasantだった」の意味であることを確認した通り、オバマ氏は鳩山氏を別に悪くはいっていない。むしろpleasantだったと誉めているのであり、「酷評」とは正反対だということである。
そして、「日本を苦しめてきた硬直化し、目標の定まらない政治の症状」は、ダッシュを使った言い足し・言い換えの部分の表現で、「3年足らずという短い間に首相が4人」、「オバマが大統領に就任した後に限っても2人目」ということを「症状」と述べているのだ、ということ。
"a symptom of the sclerotic, aimless politics that had plagued Japan for much of the decade" はそのまま逐語的に訳すと、「その10年間の大半にわたって、日本を苦しめていた、硬直化して何が目的なのかわからない政治の症状」で(その部分では時事通信の誤訳は見当たらない)、要は、ころころと首相が変わることを言っている。
ここで何かが「酷評」されているとしたら、それはあの時期(小泉退陣後)の、メディア用語でいう「不安定な政局」だ。
つうか、別に「酷評」してないけどね、この記述は。遠慮はないけれど。
再度、改めて原文。さらっと読めてしまうけれど、確かに、英語としては決して簡単ではないかも:
A pleasant if awkward fellow, Hatoyama was Japan's fourth prime minister in less than three years and the second since I'd taken office -- a symptom of the sclerotic, aimless politics that had plagued Japan for much of the decade. He'd be gone seven months later.
※今回は破格で1万字超。
【追記】時事通信だけじゃなかった。NHKも
時事もNHKも満足に英語読める人はいないんか。簡単ではないけれど、東大・京大・一橋入試レベルよりは易しいぞ、これ。
時事だけじゃなかった。 https://t.co/fezdeL8rFz NHKひどす。"ニュースは17日午前10時放送で……「当時の鳩山総理大臣について『硬直化し迷走した日本政治の象徴だ』と記すなど当時の日本政治に厳しい評価を下しています」と報じた。" 原文読むと、オバマ氏、日本政治にそこまで関心示してすらいない
— n o f r i l l s /共訳書『アメリカ侵略全史』作品社 (@nofrills) 2020年11月18日
NHK訳の「象徴」は、そういう解釈もあるのかもしれないけれど、過剰な訳だと思う。原文symptomだよ。"Hatoyama was Japan's 4th pm in less than 3 years and the second since I'd taken office -- a symptom of the sclerotic, aimless politics that had plagued Japan for much of the decade."
— n o f r i l l s /共訳書『アメリカ侵略全史』作品社 (@nofrills) 2020年11月18日
鳩山氏が「3年足らずの間に4人目の首相」「オバマ大統領就任後2人目の首相」になったことは、鳩山氏のせいじゃないよね。その前の自民党政権でころころ首相が代わって(その中に安倍氏もいたよね、確か)、有権者が耐えかねたところで民主党政権が成立したから鳩山氏が首相になったんだよね。
— n o f r i l l s /共訳書『アメリカ侵略全史』作品社 (@nofrills) 2020年11月18日
落穂ひろい:
外電記事の翻訳ではないので、こういうのは「翻訳者」の仕事ではないと思います。時事通信の責任において英語を日本語にしてはいますが、翻訳者への発注というプロセスは経ていないと思われ。(リプで翻訳業の仕組みへの批判がありますが、的外れと思われます) https://t.co/rUb1BhvC2a
— n o f r i l l s /共訳書『アメリカ侵略全史』作品社 (@nofrills) 2020年11月18日
https://t.co/auVm7MmL1F 極端な話、記者は自分(たち)の描いたストーリーに合わせて他人の話を切り貼りするように、「訳語を選択する」こともできるし、実際にそうするでしょうし。翻訳者の「テクストが絶対」という基準とは別の基準もありえますし。しかもawkward なんていう訳しづらい語……。
— n o f r i l l s /共訳書『アメリカ侵略全史』作品社 (@nofrills) 2020年11月18日
オバマ回想録は、私は読むなら英語で読みます(すでに英語圏報道にも抜粋が出てるので……ただし英語圏で出てるのは日本に関するところじゃないですけど、オバマ政権を見るときに重要なのはそこじゃないんで)
— n o f r i l l s /共訳書『アメリカ侵略全史』作品社 (@nofrills) 2020年11月18日
報道機関の記者さんの訳文でも、この人の翻訳の仕事は翻訳として信頼できると思える方々の仕事なら、読んでみたいです。自分(たち)の準備したストーリーではなく、テクストそのものを伝える仕事であれば。
— n o f r i l l s /共訳書『アメリカ侵略全史』作品社 (@nofrills) 2020年11月18日
まったく同感です。自分で訳すとしたら、ここはawkwardと原語のままにしておいて、このトピックについての記述を全部読み終えたところで訳語を検討しますね。場合によっては1冊全部読んで、筆者の口調や息遣いのようなものを感じ取らないと判断できないかもしれない。たった1語ですがそのくらい難しい https://t.co/fdEqGctcfZ
— n o f r i l l s /共訳書『アメリカ侵略全史』作品社 (@nofrills) 2020年11月18日
時事通信の記事 https://t.co/dzZBpSagNA を読むと、「オバマ氏は鳩山氏を酷評した」というストーリーがあって、それにあてはまる訳語をわざわざ選択したように思います。原文はA pleasant if awkward fellowで、意味の核はa pleasant fellowで、つまり「酷評」なんかしてない。むしろ人柄を誉めている
— n o f r i l l s /共訳書『アメリカ侵略全史』作品社 (@nofrills) 2020年11月18日
見れば見るほど根深いな、これ。日本におけるフェイクニュースの手法そのものじゃないか。(英語力が足りていないための誤訳、あるいは意図的な誤訳)
— n o f r i l l s /共訳書『アメリカ侵略全史』作品社 (@nofrills) 2020年11月18日
一度「ヤクの売人」の文脈で出てきた "He's legit." が「彼は合法的な活動をしている」みたいに派手に誤訳されてて、椅子から落ちたことがあります。意味はもちろん「ヤツは信頼できる」「ヤツのブツなら本物だ」。これはどんだけ英語に接してるかが勝負という例ですが、今回のawkwardはその手前くらい
— n o f r i l l s /共訳書『アメリカ侵略全史』作品社 (@nofrills) 2020年11月18日
(legit = legitimateの省略形。日本の辞書には「合法的な」しか載ってないのもあるはず。というかスラングのlegitの意味が載ってるのがあるかどうか)
参考書: