Hoarding Examples (英語例文等集積所)

いわゆる「学校英語」が、「生きた英語」の中に現れている実例を、淡々とクリップするよ

「ユダヤ人なのにイスラエル政府を批判している」という物言いは、なぜ反ユダヤ主義の危険性につながりうるのか。

今日もまた、引き続きイレギュラーな感じで。

イスラエルによるガザ地区攻撃が行われると、私が見る画面はガザ地区内からの #GazaUnderAttack のハッシュタグ*1での逐次報告――「ドローンの音だ」とか「爆発音が2度」とか、攻撃を受けた場所や死傷者数についての現地報道などの英語化――と攻撃をやめてほしいという叫びと、在外パレスチナ人による分析的なツイートや文脈の提示、あと、英語圏報道機関のフィードと合わせ、英語を使うイスラエル人や英語圏ユダヤ人からのイスラエル政府批判のツイートに埋め尽くされる。

そう、ユダヤ人だからといってイスラエル政府のやっていることを支持するとは限らないし*2イスラエル国内にだって政府に批判的な人たちはいる。今回書いてきた、中東についての一連のエントリの最初のもので少し触れているが、 @BtSIsrael (Breaking the Silence Israel) のように、国の政策に対して異議を唱える組織的な活動もある。

それは、少しでも中東に関心を持っている人ならば、当然のこととして知っているはずなのだが、残念ながらそういう人ばかりではなく、「ユダヤなのにイスラエルを批判している」みたいな言説は、あまりにもありふれている。そもそも、今回のこの攻撃と、それに至る東エルサレムや西岸地区での暴力を行使したネタニヤフは、首相ではあるが、政権を維持できず何度も選挙をやるはめになっている(つまり、イスラエル国内にはネタニヤフを支持していない人々が相当数いる)のだが、なぜか、イスラエル国外の人々を含め「ユダヤ人」といえば同じような考え方をしていると思いこまれがちである。これは当事者のユダヤ人からみれば「差別」である(ユダヤ人が集団として何か方針を立てているという「反ユダヤ主義」の前提に直結している)。

*1:何年も前からずっと、おそらくTwitterハッシュタグという仕組みができてからずっと使われているものだが、今回は荒らしが出たようで、 #GazaUnderAttak などスペルが違うものが林立してしまい、ガザ地区内部の人々は #Gaza_Under_Attack とアンダースコア(Twitterハッシュタグでかなり最近になって対応された記号)を入れたハッシュタグを使っていた。

*2:例えば英国の映画監督のマイク・リーは、マンチェスター圏のジューイッシュのコミュニティーの出身だが、若いころにイスラエルの理念にひかれてキブツに行ったものの、現地で幻滅したという経験を持っている。数年前にガーディアンに掲載されたインタビューでそう語っていた。

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ガザ地区の停戦は続いているが、これで「終わり」ではない。

今日も引き続きイレギュラーな感じで。

ガザ地区に攻撃を加えているイスラエル軍と、ガザ地区からイスラエルに攻撃を加えているガザの武装組織(ハマス武装部門と、イスラム聖戦)の間での停戦(休戦、武力行使の中止)は、破られることなくもっている*1。停戦しておいて境界線(国境)沿いで銃撃や砲撃を行うのがイスラエルの常ということで、停戦して24時間の間はTwitter上の英語圏で何か発言しているガザ地区の人々や「ガザ地区とともに立つ」という態度を明確にしている人々の間では疑心暗鬼の声が目立っていたが、やがて40時間になろうかというところでもまだ停戦は続いている。この「続いている」は一般的に(continueではなく)holdを用いて表す(コロケーション)。

停戦に際しては交渉が行われたわけだが(仲介者はエジプト)、その交渉にあたった双方が「勝利」を宣言している。これは、unwinnable warというもので、つまり明確な勝者は誰もいない、いるのは犠牲者だけという武力行使である。北アイルランド紛争がそうだったのだが、2005年にProvisional IRA北アイルランド紛争が激化して以降、報道などで一般にIRAと呼ばれた組織)が武装闘争の停止を宣言したときに、unbeatable, unwinnableという表現が多く見られた。

一方で、こういう局面では「せめてガザ地区に支援物資を」という流れが起きるが、その「せめて支援物資を」という気持ちは、政治的な現実においては「どんなことが行われようと、事後的に支援物資さえ送ればOK」というものに変容し、それが「常識」化し「定石」化してしまうもので、ガザ地区の中からは「支援物資」という善意に対するやりきれない気持ちが聞こえてきたりもしている。ジャーナリストのオマールさんは全部大文字で叫んでいる。これを見て私は、ガザ地区の人々が世界的な二級市民として扱われている現状こそがガザ地区の人々にとっての問題を引き起こしているのだと改めて思う。

英語的なことを書いておくと、"Could you please do ~?" は「頼むから、~してくれないか」くらいのニュアンスの表現で、いわゆる日常会話でもよく使われる基本的な表現である。いわゆる「中学英語」ではpleaseがあれば「丁寧な表現」と習っているだろうし、couldは「丁寧な表現」というのも教えられるから、この言い方をすれば「~していただけないでしょうか」くらいのニュアンスになると思っている人もいるかもしれないが、実際はそれほど「丁寧」ではない。文脈にもよるし、話し手と聞き手の関係にもよるが、これを「相手に失礼のない丁寧な表現」と思っていると、いろいろと齟齬をきたすかもしれない。

今回の、ガザ地区イスラエルの武力集団の間での、マスコミなどのいう「衝突 clash」は、5月7日から21日まで続き、その間に少なくとも274人の人命が失われた。うち243人はガザ地区の人々で、71人は子供である。その全員の名前(アルファベット表記)と年齢、男女の別を、Middle East Eyeのアカウントが連続ツイートしている。

*1:ガザ地区イスラエル」というのが重要で、エルサレムや西岸地区はここに入っていない。そしてそのことこそが、問題の永続化の原因である。

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伸びきったゴムのようになっているので、今日は英文法は休載します。m(_ _)m

日本時間で今朝早く、まずはイスラエルの一方的停戦と報じられ、続いてハマスの幹部が「双方同時に停戦」と述べたと報じられ(イスラム聖戦については私は特に何も見なかった)、そして最後にエジプトの仲介で停戦という情報が流れてきました。

これらのツイートでも英文法解説はやろうと思えばできるのですが、英文を見ても反笑いになったままで何も思いつかないので、申し訳ありませんが、今日は休載します。

もちろん、ガザに対する武力行使の停止(停戦)とガザからの武力行使の停止(停戦)は、問題の解決を意味しません。「とりあえず、爆撃はストップした」ということでしかなく、その爆撃を生じさせた根本的原因は、手付かずでそのままにされています。だからTwitterにはこういう言葉も並ぶ。

ガザ地区の中からも「これで終わりではない」という声。

ガザ地区に暮らす人々(パレスチナ難民)は、英語が達者な人が多く(封鎖されたガザ地区では、自分たちの声をその封鎖の外に出すために英語を使えるようにしなければならないという意識が高く、英語を教える先生もしっかりした理念に基づいて的確な教育プログラムを提供しています)、上記のオマールさんもそういった英語の使い手の一人。彼のアカウントをフォローしておくと、リアルタイムで、ガザの様子が伝わってきます。

彼の最新のツイートはこうです。

 orz.........

 

 

 

【再々掲】to不定詞の形容詞的用法, 言い換え, 言い足し, make + O + 動詞の原形(使役動詞), begin -ing, 挿入など(バンクシーが表現するキリスト降誕とイスラエルの違法な壁)

このエントリは、2019年12月にアップしたものの再々掲である。今日はブログの管理画面を見たまま1文字も書けずにいるので、過去の関連記事の再々掲でご容赦願いたい。

エドワード・サイード読んで寝ます。

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今回の実例は、正体を明かさず活動しているアーティストが、国際法に違反したコンクリート壁に分断されたキリスト生誕の町に捧げた作品についての記事から。

意外と知られていないかもしれないが、イエス・キリストが生まれたという町、ベツレヘムは、パレスチナにある。ヨルダン川西岸地区だ。そしてヨルダン川西岸地区は、ガザ地区のように完全に包囲・封鎖はされていないにせよ、イスラエルによって、かなりひどいとしか言いようのない形でいろんな方向で制限を受けている(などという表現では全然足りていないのだが)。パレスチナというとイスラム教というイメージがあるかもしれないが、それはイメージだけで、キリスト教徒のパレスチナ人も少なくない。日本のように宣教師がやってきて布教したのではない。元々、イエス・キリストはこの土地の人だったのだから。

ベツレヘムのクリスマス・イヴについては、数年前に現地報告を記録したページを作成した。

matome.naver.jp

 

イギリスのブリストル出身のアーティスト、Banksy(バンクシー)については、近年、東京など日本でもその「作品」をめぐる狂騒曲が繰り広げられ、メディアも大騒ぎするようになってきたので、説明は不要だろう。アーティストとしての芸名からおそらくBanksさんという名字ではないかと言われてはいるが*1、彼は顔も本名も生年月日も明かしていない。男性であることはわかっている。1990年代から都市の壁などにステンシルとスプレー缶で「作品」を描いてきたグラフィティ・アーティストだが、そのウィットに富んだ作品が町の風景の中で抜群の存在感を放ち、2000年を過ぎてどんどん注目されるようになって、ここ10年くらいは完全に「大物アーティスト」のようになって、作品はオークションハウスで取り扱われ、ものすごい額で落札されるなどしてはBBC Newsで報じられている。元々は街角の落書き小僧だったのに、今ではエスタブリッシュメントが「彼は経済的価値を持った存在だ」と認めている。

彼は一貫して「抵抗」、「異議申し立て」をベースにした作品を描き続けている。下記の作品集 "Wall and Piece" は比較的早い時期の作品の集大成と呼べるものだが(日本語版が出たのは遅かったが、原著は2007年)、この書籍タイトルは "Wall and Peace" のもじりである。 

Wall and Piece【日本語版】

Wall and Piece【日本語版】

 

この作品集が出されたころにwallとpeaceと言えば、即座に連想されたのが、イスラエルヨルダン川西岸地区パレスチナ自治区)内に食い込む形で無理やり建設した分離壁である。この「分離壁 separation wall」(国際司法裁判所の用語)は、英語圏のメディアの多くは「分離バリア separation barrier」と呼んでいるが、barrierも結局はwallと同じことだし、本稿での訳語は「分離壁」に統一する。ちなみに当事者のイスラエルはこれを「フェンス」と呼んでいる。そういったことは英語版ウィキペディアで確認できるので、各自ご参照いただきたい。これが「フェンス」と呼べるものかどうかは、どう見ても微妙なところだ。

イスラエルとしては、このwall/barrier/fenceは、「イスラエルの平和 (peace) を守るため」のものだが、その説明を額面通りに受け取ることはとても難しい。まともに地図を見ることができる人なら誰もが、「いや、その説明はおかしい」と言わざるを得ないような場所に作られているのだ。実際、国際司法裁判所は2004年にこの壁について「違法」と判断している(ただしこの判断は法的拘束力はないので、それから15年を経過した今も壁がそのままだ)。

この壁に、Banksyは絵を描いた。2005年、今から14年も前のことだ(→当時の拙ブログ記事)。

Près de Qalandia

 

パレスチナに対する彼の関心は一過性のものではない。2007年には、やはりベツレヘムに、現在でも観光資源となっている一群のミューラル(壁画)を描いていった。2015年2月には、イスラエルによる大規模な攻撃を受けたばかりでめちゃくちゃに破壊されていたガザ地区に入り、がれきと化してしまった家屋の壁にかわいい子猫の絵を描くなどした。「普段はパレスチナに無関心な世界の人々も、猫が描いてあれば見るんでしょ」という主旨でもあり、猫が好きなパレスチナの人々(特に子供たち)への贈り物でもあった。

そして2017年3月には、ベツレヘムの、分離壁からわずか数メートルのところにある建物を(ウォルドーフ・ホテルならぬ)「ウォールド・オフ・ホテル Walled Off Hotel」として改装・開業。このホテルには世界中からBanksy好きが訪れ、それによって壁に分断され経済的に発展する余地すらも奪われているベツレヘムの町に、キリスト教聖地巡礼とはまた違った層の観光客を呼び込み、同時にこの町のさらされている苦境を多くの人に知らしめている。

matome.naver.jp

そして2019年のクリスマス、Banksyはこの壁際のホテルに、新たな作品を設置した。今回は立体作品で、クリスマスの時期の伝統的なモチーフを扱っている。イエス・キリストの降誕(英語ではThe nativity of Jesus Christ)だ。

キリストの降誕の場面は、視覚芸術では、聖母マリアとその夫のヨゼフ、かいば桶に寝かされた幼子イエス、動物たち(ロバとウシ)によって描かれるというお約束がある。これに加えて、神の子の誕生を告げる星(「ベツレヘムの星」。この星に導かれて東方の三賢者がイエスの元にやってきた。クリスマス・ツリーのてっぺんに飾るのもこの星)と天使もよく描かれる。今回のBanksyの作品もこの伝統にのっとっている。ただし、マリアとヨゼフとイエスがいるのは小屋の中ではなくあの分離壁の前で、3人の上にあるのは輝く星ではなく、星のような形をした砲弾痕だ。壁には消えかかった文字で、「愛」「平和」という言葉が、英語とフランス語で書かれている。作品のタイトルは、The Star of Bethlehem(ベツレヘムの星)ならぬ、The Scar of Bethlehem(ベツレヘムの傷痕)。

 

この「新作」のことは、21日から22日に各メディアで一斉に記事になった。今回実例として見るのはガーディアンの記事。記事はこちら: 

www.theguardian.com

*1:英語圏では語尾に-yまたは-ieをつけて愛称化する習慣がある。Charles→Charlie, Steve→Stevie, Giggs→Giggsyなど。

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「イスラエルによる占領」とはどういうものか、ひとりの八百屋さんが撃ち殺された事件を通じて (関係副詞の非制限用法, など)

今回は、イスラエルの新聞『ハアレツ』英語版の記事を見てみよう。

と、本題に入る前に、この1週間ずいぶんあれこれと地名が出てきたので、パレスチナの地図を確認しておこう。Google Mapsにアクセスして、検索窓にPalestineと打ち込んでみてほしい。そうすると下記のような地図が表示されるはずだ(私はGoogleは英語で使うように設定してあるので、以下、すべて英語の画面で説明する)。

f:id:nofrills:20210519063112j:plain

https://goo.gl/maps/jR8txck5oRNhcVtG9

この画面中央の、点線で囲まれた、何かやけに書き込みが少ない区域が、パレスチナの「ヨルダン川西岸地区 (the West Bank)」、画面左、海に面したところにある細長い区域が「ガザ地区 (the Gaza Strip)」である。私たちが現在(何となく)「パレスチナ」と呼んでいるのは、この2つの地区から成る。別の言い方をすれば、パレスチナは2つの地区に分断されている。双方を自由に行き来できるのであれば「飛び地」だろうが、現実にはそうではない。ガザ地区からの出入りはイスラエルによって厳格に管理されており、たとえ親や親族が西岸地区にいても、気軽に顔を見に行くようなことはできない。

地図上のこの点線は、「グリーンライン (the Green Line)」だ。これは1949年の第一次中東戦争の休戦ライン (1949 Armistice border) で、国連の文書などでは "the pre-1967 borders" や "the 1967 borders" と表記される(1967年というのが何なのかをここで書いているとまた本題に入れなくなるので、その点は各自お調べいただきたい)。このグリーンラインが、国際的に、パレスチナイスラエルの境界線と認められている。だからGoogle Mapsを含め、地図類では、この線が点線で書き込まれている。

しかし、2000年以降イスラエルが、西岸地区において、最初はフェンスとして、やがてはまず乗り越えられない高さのコンクリートのそびえたつ壁として建設した「分離壁」は、このグリーンラインを越えてパレスチナ側に食い込んでいる。何の権限があってやっているのか、という話だ。そうして建設された壁は、パレスチナの街や村を分断している。つまりパレスチナは、西岸地区とガザ地区に分断され、そのうえで西岸地区のコミュニティが違法な壁で分断されているのである。

さらに、ただ分断されているだけでなく、イスラエルは自分の国土ではない土地での入植地の建設ということを、この50年以上ずっとやっている(一時期、和平プロセスで中断はしたが)。……と、ここまで書いてきて既に1200字になってるので話を端折るが、本来パレスチナの土地であるはずのところ(例えば前回まで見てきた、焼き討ちを受けたブリン村に隣接する土地)に、イスラエルの入植地が作られているのはこういう経緯による。

さて、上記の地図をズームインしてみよう。まず、前回まで見てきたブリン村あたり。西岸地区の上半分(北半分)の部分の中央付近にNablusとあるのが「ナブルス市」で、その南側にいくつか地名が書かれている中に「ブリン」の名がある。

f:id:nofrills:20210519070052j:plain

https://goo.gl/maps/BfJ9qosF2m5x4R377

このナブルスから、南にまっすぐ数十キロ下りていくと、グリーンラインがくびれたようにぐっと東側に入り込んでいるところがある。これがエルサレム (Jerusalem) だ。このエルサレムのあたりにズームインすると、今回の一連のエントリに出てきた地名が次々と現れる。

f:id:nofrills:20210519071823j:plain

https://goo.gl/maps/hBkeBdDvbXzTvnXa7

画像の一番下にあるのが「エルサレム」、その右上にあるのが13日のエントリで、イスラエル側による住民の追い出しが行われ、それに対する平和的抗議行動が暴力的に排除されていることを説明した、東エルサレムのシェイク・ジャラ地区。ちなみにイスラエルエルサレムのことを「うちの首都ですよ?」という顔をしているが、国際的にはエルサレムイスラエルのものとは認められていない。東エルサレムとなればなおさらだが、イスラエルはそれを強引に自分たちのものにしようとしている。

シェイクジャラの少し北にあるのがベイト・ハニナ。前回のエントリの最後に、銃を持った入植者がパレスチナ人を威嚇している様子をとらえた映像を埋め込んだが、それが撮影されたのがベイト・ハニナだ。

さらにその北側にあるビル・ナバラ(ビール・ナバーラ)という地名がある。そのすぐ西、幹線道路で結ばれているのがアル・ジブという村だ。その村で、イスラエル側によってパレスチナ人を標的に行われた蛮行について、ハアレツのジャーナリストが取材して書いた記事を、今回は見てみよう。

記事はこちら: 

www.haaretz.com

この記事は1か月以上前、4月15日付の記事である。蛮行が行われたのはさらにその10日前の4月5日だ。イラク戦争のときに何度も何度も聞かされたことだが、そして北アイルランドで「歴史上の出来事」扱いされている事例について私は何度も読んできたのだが、軍人が民間人を、特に理由らしい理由もなく撃ち殺し、そしてあとから到底あり得ないようなことを理由として述べている、ということが起きた。

「またか」と思われるかもしれない。だが、この無慈悲な殺害については、何度も現地を訪れ、人々と深くつながりを得て、何冊もの著作のある写真家の高橋美香さんのブログを、必ず、読んでいただきたい。この事件は日本とつながっている。

mikairvmest.livedoor.blog

mikairvmest.livedoor.blog

mikairvmest.livedoor.blog

mikairvmest.livedoor.blog

 

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続き 4/了: 「ハマスのロケット」の前にあったこと~ブリン村でのイスラエル人入植者による放火 (関係代名詞, トピック文とサポート文の構造)

今回も、前回までの続きで、ブリン村焼き討ちについてのMondoweissの記事を読んでいく。今回で最後まで読み切りたいが、毎回冒頭で「前回」「前々回」式に前の記事をリンクするのも限界なので、タグを使って一括管理するようにした。前置きの類は初回のエントリのエントリをご参照いただきたい。

hoarding-examples.hatenablog.jp

さて、ここしばらく、英文法がテーマである当ブログも中東情勢に集中しているのだが、それは今回「ハマスのロケット」で事態の焦点が「ガザ攻撃」という人道に反する犯罪行為に移ってしまった一方で、実際、この非道と悲惨を許してはならないことはもちろん言うまでもないのだけれども、本当にこの非道を止めるべきと考えるのであれば、「ガザ攻撃」にだけ関心を向けていてはならない、ということを、自分でも内面に食い入るような形で思い知ったし、それについて、どんなに少しでも、自分にできることはやらねばならないと考えたからだ。だが私は専門的なバックグラウンドは一切ないし、翻訳をするのでも小刻みにあれこれ調べものをしながらようやく何とかというレベルの基礎知識しかないので、もっとがっつりと専門的なことを勉強できる機会があるとよいのだが……と思っていたところ、先日、酒井啓子さんTwitterアカウントから次のような告知があった。

予定時間は18時から19時半(90分)。このウェビナーは無料だが、参加(視聴)するには、リンク先で名前とメールアドレスを登録する必要がある。ウェビナー実施の前日である今日の夜、 登録したメールアドレスに当日使うURLなどが届いた。もし明日、このウェビナーに参加したいとお考えの方で、まだ登録されていない方がいらしたら、まだ間に合うかもしれないので登録することをお勧めしたい。 登壇者は次の著作のある4人の方々: 

 ……というところで本題に入ろう。今回も英語の実例として読む記事はこちら: 

mondoweiss.net

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続き 3: 「ハマスのロケット」の前にあったこと~ブリン村でのイスラエル人入植者による放火 (文法用語はなぜ必要か)

今回も、前々々回前々回および、前回の続きで、ブリン村焼き討ちについてのMondoweissの記事を読んでいく。前置きの類は前々々回のエントリをご参照いただきたい。

さて、アルジャジーラとAPの入居していたオフィスビルイスラエル軍によって爆破された件、イスラエル軍は「そこにはハマスが」云々と言っていたが、爆破から2日たってもまだ証拠を提示していないそうだ(日本語のマスコミ様の用語法ではここは「軍からの説明はない」と書くところだろう。必要なのは「説明」じゃなくて「証拠の提示」なんだけど)。アルジャジーラ・イングリッシュの記者でプレゼンターのハラ・モヒエディーンさんが次のようにツイートしている。

実用英語としては、"Israel has yet to provide ..." の "yet" の用法に注目しておこう。

ガザ地区に関しては、2006年の議会選でハマスが第一党となって以降ずっと、イスラエルは「そこにはハマスが」を口実として、軍事的、経済的な攻撃の標的としてきたという事実・現実があるわけで、今回のこの件だけを単独のものと扱うわけにはいかない。実際、2008年~09年や2014年の大規模攻撃のときなども、イスラエル軍は「そこにはハマスが」という理由付けで集合住宅の破壊や、大勢の人々が自宅から退避して身を寄せている学校への爆撃(それもHE弾使うようなやつ)をやってきた。中には実際にハマスの戦闘員がロケットランチャー持ってそこにいたケースもあったかもしれないが、そもそもそこは戦場ではないのである。

……ということを書いていると英文法の話に行けないのでこの辺で。

今回も英語の実例として読む記事はこちら: 

mondoweiss.net

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続き 2: 「ハマスのロケット」の前にあったこと~ブリン村でのイスラエル人入植者による放火 (分詞構文, 時制, spend ~ -ing, など)

今回も、前々回前回の続きで、ブリン村焼き討ちについてのMondoweissの記事を読んでいく。前置きの類は前々回のエントリをご参照いただきたい。

前回少し言及したが、ガザ地区アルジャジーラカタール)とAP通信(米国)という超大手の報道機関が拠点を置いている建物が、昨日、破壊された。イスラエル軍から爆破予告があり、人員は全員退避していた。イスラエル軍は「その建物にはハマスが云々」と言っているのだが、ならばなぜ人を退避させる? やっていることはただの破壊、インフラの破壊である。下記は爆破予告を受けて大事な機材などを運び出すAP(映像手前側)とアルジャジーラ(奥)の人たちの様子。

前回書いたことだが、爆破するという予告をして人を退避させ、ビルを爆破して使えないようにし、人的被害がなかったとドヤ顔をし、そしてそのあとで非難が起きたら自身がその建物を軍事標的としたことについて、好きなように正当化してみせるというのは、私の知っている世界では、テロリストのやることである(IRAのロンドンでの爆弾テロの数々を参照)。

記事はこちら: 

mondoweiss.net

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続き: 「ハマスのロケット」の前にあったこと~ブリン村でのイスラエル人入植者による放火 (接続詞のas, by the timeを使った表現, など)

今回は、前回の続きで、ブリン村焼き討ちについてのMondoweissの記事を読んでいこう。前置きの類は一切省略するので、必要な方は前回のエントリをご参照いただきたい。あと、中東情勢については、ごくごく基本的なことについて必要最小限の情報共有すらできていないのが現実なので、「にゅーしょくしゃって何ですか」的な疑問をお持ちの方も少なくないと思われるが、当ブログではそこまではフォローできない。できればそういうことの説明を書きたいのだが、事態の進展の速さと激しさがそれを許さない。今さっきも、ガザ地区アルジャジーラなど報道機関が拠点を置いている建物が破壊されたところだ。

爆破するという予告をして人を退避させ、ビルを爆破して使えないようにし、人的被害がなかったとドヤ顔をするのは、私の知っている世界では、テロリストのやることである(IRAのロンドンでの爆弾テロの数々を参照)。

記事はこちら: 

mondoweiss.net

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「ハマスのロケット」の前にあったこと~ブリン村でのイスラエル人入植者による放火(《時》を表す接続詞のwhen, 感覚動詞, など)

今回は、前回最後に述べたように、Mondweissの記事を見てみよう。

Mondoweissは米国を拠点とするオンライン・メディアで、米国の中東における外交政策を専門としている。最初は、2006年に、ニューヨーク・オブザーヴァーという週刊メディアのサイト内で、Philip Weissというジャーナリストの個人ブログとして始まった(Weissさんの個人ブログとして始まったことは、サイトの名称からうかがえるだろう)。翌年、ワイスさんが所属メディアを離れて完全に個人ブログとなり、2009年にアダム・ホロヴィッツさんというイスラエルパレスチナ問題の専門家が加わって、現在の形の原型ができた。

ワイスさんがブログを始めた2006年といえば、米国はアフガニスタン戦争・イラク戦争のただなかにあり、また、イスラエルパレスチナでは、2000年にイスラエルが建設を始めた「分離壁」について、03年10月に国連安保理が「分離壁は違法であり、ゆえに撤去されねばならない」とする国連決議を採択しようとしたときに米国が拒否権を行使し、翌04年5月にもっとトーンダウンした決議が採択され、同年夏に国際司法裁判所 (ICJ) の法的拘束力を持たない意見として「分離壁建設は国際法に反している」という断言が出たにもかかわらず、この違法な壁の建設が止まらずにいた時期である。ちなみに、Banksyがこの違法な壁に絵を描いたのが2005年のことだ。

そして何より、2006年といえば、あの選挙があった年だ。そんな話をしているといつまで経っても本題に入れないので、前置きはここまでとするが、この選挙については下記URLでご確認いただきたい(日本語版ウィキペディアではこの重要な出来事がほぼスルーされている)。

https://en.wikipedia.org/wiki/Hamas#2006_presidential_and_legislative_elections

 

さて、「ハマス(ハマース)のロケット」が撃たれ始めてここ数日でようやく国際ニュースになるようになったイスラエルパレスチナ情勢だが、前回事細かに述べたとおり、「情勢の悪化(緊迫化)」はハマスのロケット弾が引き起こしたものではない。その前から、イスラエルの東エルサレムヨルダン川西岸地区での、元々ひどい暴力が、ナショナリスティックなムードに乗るようにしてさらに過激化しており、そのことは、国際ニュースになりはしなくても、普通に中東をウォッチしていれば、何らかの形で目に入ってきていたはずである(日本語圏ではどうだか知らないが、少なくとも英語圏では。アラビア語圏でも英語圏と同じくらいには取り上げられていただろうと思うが、アラブ諸国イスラエルに対する忖度はかなりすごいものがあるし、アラブ諸国のメディア統制もかなりのものがあるので、注目されていなかったかもしれない)。

そのような、イスラエル側の暴力の事例のひとつが、今回見るMondoweiss記事で詳しく報告されている、ブリン村 (Burin) での放火である。記事はこちら: 

mondoweiss.net

この記事は5月6日付だが、「ハマスのロケット」で中東情勢が国際ニュースに出るようになったあとに再度Twitterにフィードされている。

写真の中であかあかと燃えている丘陵地帯は原野ではない。パレスチナの人々が木を植え、耕して作物を育てている土地である。

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関心を寄せるべきは「衝突が起きている」ことではない。イスラエルが何をしているのか、だ。

今回は、少し変則的に。

ハマス(ハマース)*1がロケットを撃ち始めてようやく世界的に報じられるようになったが(そもそも「ハマスが先に手を出した」わけではないのだが)、ここ数週間、イスラエルパレスチナ情勢がひどく緊迫してきていた。

日本でゴールデンウィークが終わるころ、私は具合が悪くて寝込んでいたのだが、布団の中で手にしていたスマホの画面に流れてくるエルサレム――イスラエルが完全に「自分たちの物」扱いしているこの都市は、国際社会としては "The international community largely considers the legal status of Jerusalem to derive from the partition plan, and correspondingly refuses to recognize Israeli sovereignty over the city," つまりイスラエルの主権を認めていない――や、ヨルダン川西岸地区からのニュースは(それらは地域的にはハマスが拠点とするガザ地区とは別なのだが、なぜこれらの地域が「別」になっているか、何がそれらを「別々」にしているのかが、問題のroot causeである)、とても重苦しいものだった。今年は偶然にも、イスラエルが(勝手に)制定している「エルサレムの日」が5月9日から10日、イスラム教のラマダーンの最終日が5月12日と近接していた上に*2イスラエルの政治情勢がとても微妙で、何がどうなるかわからないという状態だった。

イスラエルでは、一応「首相」の立場にあるネタニヤフ(文中敬称略)が、収賄や背任といった汚職で起訴されて2020年5月以降裁判の被告となっていて、そしてそれでも「首相」のポストは維持し続けていたのだが(私はその理由までは把握していない)、いかにも政権が安定せず、この3月に2年間で4度目となった総選挙が行われたものの、何度選挙しても、ネタニヤフの政党(「リクード」という)が第一党になりはしても単独過半数は取れず(それ自体はイスラエルでは普通のこと)、したがってどこかほかの党と連立を組むことになるのだが、その連立が難航したり、何とかして政権発足にこぎつけても予算案が通せなかったりといったことになって総選挙が繰り返されていて、要するにネタニヤフ的には何が何でも何とかしたいという局面にある(雑駁な説明ですみません)。イスラエル新型コロナウイルスのワクチン大量接種(ただしイスラエルが占領しているパレスチナには雀の涙ほどしかワクチンを入れていない)が「成功」していて、世界の注目を集めているのには、そういう背景もある(それがあっても、ネタニヤフはこの3月の選挙後に組閣できなかったのだが)。どんな手に出てくるかわかったもんじゃない。

 

ここまでで1000字を軽く超えてしまっているので先を急ごう。

エルサレムというと宗教がなんちゃらと言いたがる人たちが日本にはとても多いが、それ以前に単に人々が暮らす街の行政という面で、エルサレムは東西に分断されていて、東エルサレムは「アラブ人」の街である(かつてはヨルダンの支配下にあった)。イスラエルの右派は、その東エルサレムも自分たちのものにしようと、そこに住んでいる人々(つまり「アラブ人」)を追い出しにかかっている。これは「立ち退き」ではなく「追い出し」である。そしてそれは今に始まった話ではない。「住居建設の許可が下りていないのに勝手に家を作っている」という口実をつけて、イスラエル当局が「アラブ人」の家をブルドーザーで破壊しているというニュースは、私の環境ではもうずっと何年も前から、しょっちゅう流れてくる。この4月から5月だって、住民の追い出しが行われているという実況のようなものが、英語で、あるいは英語翻訳付きのアラビア語のツイートで流れてきているのだ。「ハマスのロケット」のずっと前に。そしてそれは、国際ニュースにはほとんどならない。追い出されているのは元からの住民、追い出しているのは新規の入植者である。

*1:正確には、「ハマス」は抵抗運動で、武装組織は「エゼディーン・アル・カッサーム旅団」と言うのだが、本稿では用語として「ハマス」を用いる。「ハマス」と「アル・カッサム旅団」を区別することは、「シン・フェイン」や「リパブリカン運動」と「IRA」を区別するのと同じことなのだが、一般的に目にする文書類では誰も区別していない。なぜなのかは私にはわからない。

*2:どちらの日程も、それぞれ西暦とは違う暦で決められるので、私たちが使っている西暦では日にちは毎年変わる。

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if節の区別(副詞節か、名詞節か), 接続詞+分詞構文, 形式主語itの構文, if/thenの論理, butの論理(東京五輪についての大坂なおみ選手の発言)

今回の実例は、報道記事から。「報道」というより時事的なトピックに関するインタビュー記事だが。

テニスの錦織圭選手が、この夏の五輪開催について疑問を抱いていることをオンライン記者会見で述べたという。下記は共同通信の記事より(掲載は毎日新聞): 

男子テニスの錦織圭日清食品)が10日、新型コロナウイルス禍で開催反対の声が目立つ東京オリンピックパラリンピックについて「一人でも感染者が出る状況なら気が進まない。政治のこともあるが、究極的には一人も感染者が出ない時にやるべき」だと述べ、国民の安全が最優先との考えを示した。……

https://mainichi.jp/articles/20210510/k00/00m/050/317000c

ほぼ同じタイミングで、英BBC大坂なおみ選手に(リモートで)インタビューして、その映像(音声)を添えて、インタビュー内容をまとめた記事を出している。今回の実例はその記事から。記事はこちら: 

www.bbc.com

見出しで引用符(一重の引用符が使われているのはBBCの表記基準によるもので特に深い意味はない)でくくられている "not sure" は、インタビュー内での大坂選手の発言からそのまま持ってきた語句で、直訳すれば「確信していない」となるが、日常語の文脈では "I'm not sure that ..." は "I don't think that ..." と同義といってよい。もっと言えば、 "I don't think it's right that ..." の意味(「…が正しいことだとは思わない」、つまり「…は間違ったことだ」の少し婉曲な表現)である。大坂選手ご自身の発言は、見出しの下に示されているリード文にあるように "not really sure" と、 "not sure" にさらにワンクッション置いたマイルドな表現になっているので、「間違っている」と断言するトーンではないが、示されている見解は、今夏の五輪開催に疑問を呈する内容である。

記事は短いものなので、ぜひ全文を読んでいただきたいと思う。BBC Newsの表記ルール通りに最初の1パラグラフは太字で示されたリード文で、次のパラグラフからが記事の本文となるが、この記事の場合、そこに、開幕まで10週間の現時点で、東京が感染急増(この「急増」について、日本では2020年春の時点で専門家様のどなたかが「オーバーシュート」という珍妙なカタカナ語を使っていたが、英語ではsurgeとかspikeとかいった表現を使う。overshootは「うっかり間違って遠くまで行きすぎてしまう」というのが原義である)による緊急事態宣言下にあることが端的に説明されている。

実例として見るのはその次の部分から。

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if節のない仮定法 (without ~), 挿入, 否定, thank ~ for ..., パンクチュエーション(セミコロン)(ジュリアン・スミスNI大臣の解任)【再掲】

このエントリは、2020年2月にアップしたものの再掲である。

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今回の実例はTwitterから。

起きたことがショックすぎて文脈とか説明できる状態ではないので、今回はサクッと。

何が起きたかというとこういうこと。つまり、英国政府の北アイルランド担当大臣が、2月13日のジョンソン内閣改造でクビになった: 

 

実例として見るのはこちらのツイート: 

 ツイート主のサイモン・コヴニー氏はアイルランド共和国外務大臣、つまり英国との交渉を行う担当者で、今回クビになった英国のジュリアン・スミス北アイルランド担当大臣とともに、3年間も機能停止していた北アイルランド自治議会の再起動に尽力し、それを実現させたのだが、彼自身、先週末の選挙の結果、外務大臣のポストを失うことは確定的だと思われている(ただし、先週末の選挙の結果は非常に複雑なもので、新政権の組閣は、すぐには始まっていないのだが)。つまり、ほんの1か月前に北アイルランド自治議会を再起動させた英国・アイルランド共和国両国政府の代表者が、そろって表舞台を去るわけだ。かもしれないということになった。(←記述修正。わけのわからないことに、アイルランドのFGが政権を去るかどうかがわからなくなってきてるのでここを修正し、少し上のところは「確定的だと思われている」と加筆しました。)

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一人称の代わりに用いられる二人称のyou(「総称のyou」とは別のもの)と、総称のyou(メイズ刑務所のダーティー・プロテスト)

今回の実例は、前回と同じ記事から。背景解説などは前回のエントリをご参照いただきたい。

映画Hungerをご覧になった方はご記憶かと思うが、視点人物のひとりに「新入りの若者」が設定されている。メイズ刑務所(リパブリカン側の用語では「ロング・ケッシュ」)に新たに入れられることになったリパブリカンの若者で、映画は、彼が刑務所に連れてこられ、獄吏による入所手続きを済ませると、素っ裸に毛布を巻き付けた姿になるところを、特に説明なく映し出す。彼はこの映画の主題人物であるボビー・サンズではなく、いわば「その他大勢」のひとりで、実在の人物を忠実になぞっているというよりは、何人もの体験をひとりの登場人物としてスクリーン上に表した存在だが、1980年から81年のメイズ/ロング・ケッシュでの出来事について何も知らないでこの映画を見ると、まず、ここがわからないのではないかと思う。

前回のエントリのなかで参照している拙ブログの過去記事に、そのことについて詳しく、リンク付きで書いてあるので、詳細についてはまずそちらをお読みいただければと思うが、今回見るピーター・テイラーの解説記事はその経緯を改めて、端的にわかりやすく説明しており、その点でもぜひお読みいただきたいと思う。

www.bbc.co.uk

今回実例として見るのは、まさに映画Hungerの「新入り」と同じようなことを実際に当時のメイズ/ロング・ケッシュで経験していた元囚人のひとりが、テイラーに語っていることばがそのまま引用符で引用されている部分から。

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リスニング(聞き取り)の練習素材, 定型表現, would like to do ~, thank ~ for ..., 省略, make + O + C, 仮定法, without ~(カズ・ヒロさんのアカデミー賞受賞スピーチ)【再掲】

このエントリは、2020年2月にアップしたものの再掲である。

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今回も、先日のエントリに引き続き、音声を素材に聞き取りをして文法を見てみよう。というか、「聞き取るためには文法と語彙力が必要」ということの意味を確認してみよう。

すごく簡単に説明すると、誰かが口頭で発する「もにゃもにゃもにゃもにゃ」という音の連なりを、「〇〇ポイントカードはお持ちですか?」と認識するためには、「ポイントカード」、「お持ち」、「ですか?」が《ことば》であるということを、聞き手の側があらかじめ知っておく必要がある。

特に「お持ち」、「ですか?」は重要だ。この例では、「お持ちですか?」が聞き取れないとコミュニケーションが全然取れない。別の言い方をすれば、「お持ち」は「持つ」という動詞の別の形であることを知っていないと「お餅」だと思ってしまうかもしれないし、「お持ちですか?」を「おも」+「ち」+「で」+「すか?」と認識して「主地でスカ?」とか「重血で須加?」と解釈してしまうかもしれない*1

「ポイントカード」がどういうものかを知っていれば、「〇〇ポイントカード」という固有名詞は知らなくてもコミュニケーションは成立するが(「〇〇ポイントカード」という固有名詞を知らない人は、おそらくそのポイントカードは持っていないだろうから、「何ポイントカードだかは知らないけど」と言語化されるまでもないことを頭の中に思い浮かべて「持ってません」と答えるはずである)、「ポイントカード」を知らない場合や「ポイントカード」という単語を認識できない場合は、「何を持っているかですって?」ということになってしまう。

また、「〇〇ポイントカードは」の「は」は助詞で、これは実際には聞き取れないくらい小さく、弱く発音されていることが多いが、私たちは頭の中でそれを補って聞き取っている。聞き取っているわけではなく、推測して解釈しているのだ。

この推測の根拠となっているのが文法とか構文の知識で、これが補えるということは、この言語(日本語)が使える、この言語に慣れているということだが、そうでない人がここは何なのか、「に」なのか「が」なのか「の」なのかといったことで頭を悩ませてしまうかもしれない。

あるいは「〇〇ポイントカード、お持ちですか」と、助詞を一切発音しないことすらあるが、それを私たちは "Do you have 〇〇 pointcard?" という意味であると解釈するのであって、"〇〇 pointcard has?" などとは解釈しない。

というわけで、単に音だけ聞かされても、人はそれを《ことば》として聞き取ることはできない。《ことば》として聞き取るためには、単語を知っていなければならないし、文法・構文の知識が必要だ。

 

それを前提として、下記の音声を聞いてみよう。話者は日本生まれの日本育ちでネイティヴ日本語話者のカズ・ヒロさん(2019年に米国籍を取得。日本の法制度では二重国籍が認められておらず、よその国の国籍を取得すると日本国籍を放棄しなければならないので、国籍としては「元日本人」)。2月10日の米アカデミー賞でメイクアップ&ヘアスタイリング賞を受賞したときのスピーチだ。

全部で1分28秒あるが、最後の数秒はクレジット表示で本体は1分20秒くらい。最初の24秒は受賞者発表と登壇シーンなので、耳は休ませてぼけーっと見ていてよい。そのあと、カズ・ヒロさんがスピーチを始めるので、まずはこの人の発音に耳を慣らすつもりで聞いてみよう。「ネイティヴ日本語話者による、世界の舞台での通じる英語」のお手本としてはこれ以上望みようのない音声素材である。つまり、重要な部分さえ押さえていれば、「ネイティブみたいな発音*2」である必要はない。

受賞スピーチだから「だれそれに感謝します」と述べる部分が多く、人名がやたらとたくさん出てくるが、そこは聞き飛ばしてしまってよい(聞き飛ばしてよい箇所を判断できるかどうかも聞き取りの力のカギになる)。その上で、このスピーチを聞き取れるかどうかは、まずはこういうときの定型表現を知っているかどうか、あるいはその定型表現そのものを知らなくてもその表現に使われる単語を知っているかどうかになる。

そして終盤、カズ・ヒロさんのスピーチが定型表現を離れて受賞作で主演とプロデューサーをつとめたシャーリーズ・セロンに感謝と賞賛の気持ちを伝えるところでは、より一般的な表現が使われており、「定型文の聞き取り」ではなく一般的な文の聞き取りとなる。

スピーチの全文文字起こしは見つけられていないが、終盤の文字起こしが下記記事に含まれているので、 正しく聞き取れているかどうか確認したい場合などはそちらをご参照のほど。

edition.cnn.com

www.dailymail.co.uk

*1:実際、パソコンやワードプロセッサーでの日本語入力の漢字変換の仕組みは、こういうのをいかに克服するかという課題と常に向き合ってきた。

*2:日本における「ネイティブみたいな発音」は多くの場合、アメリカの巻き舌の強いベタベタしたアクセント(しゃべり方)を大げさに表現したものである。ああいう英語を使っている「ネイティブ(・スピーカー)」は全体の一部に過ぎない。あの発音が性に合っている学習者はあの発音をお手本にすればよいが、無理と感じたら無理に追求する必要はない。アクセントのお手本はほかにもあるので。

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