今回の実例は、ふと見かけたとんでもない誤訳について。
amongという単語をいつ習ったのか、正確な記憶はないが、中学2年生で比較級を習ったときには既に知っていた。あるいは比較級の単元で習ったのかもしれない。次のような例文で。
This song is popular among young people.
(この曲は、若い人たちの間で人気がある)
This song is more popular than that one among young people.
(この曲は、若い人たちの間で、あの曲よりももっと人気がある)
amangは前置詞だが、これがbe動詞の後に来ると、「主語は~の中にある/いる」、つまり「主語は~のひとつ/一部である」「主語は~に含まれる」という意味になる。
Jimi Hendrix was among the most successful rock musicians.
(ジミ・ヘンドリクスは最も成功したロック・ミュージシャンの1人だった)
The businessman is among the five guests invited by the king.
(その実業家は、国王に招かれた5人のゲストの1人だ)
このamong, Twitterには次のような例がある。
Tennessee, Alabama and Georgia are among 18 states the White House Coronavirus Task Force considers in the "red zone" for the COVID-19 outbreak and should reinstate stricter guidelines to stop the spread, a document states.
— Times Free Press (@TimesFreePress) 2020年7月19日
https://t.co/2BnrLKSdmC
文の前半は、「テネシー州、アラバマ州、ジョージア州は、ホワイトハウスのコロナウイルス対策班(タスクフォース)がCOVID-19のアウトブレイクに関する『レッド・ゾーン』と見なす18州に含まれている」(直訳)という意味だ。
この前置詞amongについては過去、当ブログでも何度か言及している。
https://hoarding-examples.hatenablog.jp/search?q=among
例えば下記エントリには、最初に説明した「~の間で」の意味のamongが入っている。
hoarding-examples.hatenablog.jp
一方で下記エントリには「主語は~のひとつである」の意味のamongが入っている。
hoarding-examples.hatenablog.jp
さて、このような意味を持つ前置詞のamongだが、冒頭に書いたように単語としては基本的なもので、中学校で十分に習う範囲である。
だが先日見かけたのは、そういう基本語を盛大に誤訳しているという事例だった。それも500件以上リツイートされていた。
まず、それがどういう誤訳だったかを上の例文を使って説明しておこう。
何度か述べている通り、英語の報道記事の見出しでは、be動詞は省略されることが多い。冠詞も省略される。
その流儀で書くと、上に書いた例文はそれぞれ次のようになる。スタイルが変わるだけで、意味自体は変わらない。
Jimi Hendrix was among the most successful rock musicians.
→ Jimi Hendrix among most successful rock musicians
The businessman is among the five guests invited by the king.
→ Businessman among five guests invited by king
逆に言うと、これら見出しの形式の記述を見たら、元になっている文を読み取らねばならない(ただしbe動詞の時制は過去でも現在でもありうるので、初見の段階ではどちらで読み取ってもよいかもしれない)。
では次の見出しはどうなるか。
Disney World employees among 16 men arrested in child pornography sting
規則通りにbe動詞や冠詞を補うと、次のようになるはずだ。
Disney World employees are[were] among the 16 men arrested in a child pornography sting
正直、英語を学習中なら、必ずしも、冠詞は自力で補えなくてもよい。だがbe動詞は補えなければならない。
文意は「ディズニー・ワールド従業員(複数)が、児童ポルノ捜査で逮捕された16人の男たちの中に含まれている」(直訳)。
つまり、「16人逮捕されたうちの何人かがディズニー・ワールドの従業員だった」という意味だ。
仮にこのbe動詞を補って考えることができなくても、元の見出しの "Disney World employees among 16 men arrested" を、「ディズニー・ワールドの従業員16人が逮捕された」などと読んでしまってはならないことは言うまでもない。
そのようにしか読めないレベルの「英語力」の人が英語圏の情報をネットで追うことは、鍋でお湯を沸かす程度のことしかできない人がポテトサラダを作るようなもので、つまり完全に無理である。
だが、ネット、つまり個人が自由に大概のことは書けてしまうような場では、その「鍋でお湯を沸かす程度のことしかできない人がポテトサラダを作る」ようなことがなされているのを、ときどき見かける。
これは、今のようにGoogle翻訳など無料で使える機械(自称)翻訳(というか「機械翻訳」を自称する不正確訳量産マシーン)が普及するずっと前、2003年からの数年間で「ウェブログ」が「ブログ」という短縮形ですっかり定着していたころからあったことで、特に珍しいことではない*1。
しかしTwitterがインターネットの一角にすっかり浸透・定着した現在では、そのようなデタラメな訳・誤訳が広まる範囲は、おそらく、「ウェブログ」時代よりもずっと広い。困ったものだ。
すごいな。これ、わざとやってるのでなく純粋な誤読だとしたら、amongという基本単語がわかんないレベルで英語→日本語の簡易翻訳みたいなことやってるってことになる。端的に言って、図々しいにもほどがある。 pic.twitter.com/tsiYdWlfbR
— n o f r i l l s /共訳書『アメリカ侵略全史』作品社 (@nofrills) 2020年7月17日
HT @tkatsumi06j: https://twitter.com/tkatsumi06j/status/1284028936700092416
ディズニー社員は16名のうち2名ですね。だからといってこの2名を含め16名が行った犯罪が許されるわけでは決してありませんが。一応事実としてディズニー社員は2名だったと言うことです。
— 💫T.Katsumi (@tkatsumi06j) 2020年7月17日
念のため記事のスクショ貼っておきます。 https://t.co/JOgEBOB5S8 pic.twitter.com/IsxuXdXxGo
なお、このデタラメ訳のツイートが参照しているのは、左側のはスクリーンショットに入っているロゴを見ればNew York Daily Newsとわかるだろうが、記事はこちら。
右側のは、同じ見出しで検索したらFox Sportsの記事がでてきたのでそれだろう。
追記: この↑私のツイートはスマホで投稿したので、スマホの小さな画面では気づかなかったのだが、PCで大きくしてみると、元の誤訳ツイートの参照してるキャプチャが「何で?」って感じだね。アメリカのニュースなのに……
……細部がロシア語。下の方にあるJAMI GANZは確かにNYデイリーニューズの記事を書いた記者だし、この画像が捏造ということはないだろう。
元の派手な誤訳をしたツイッターユーザー氏がロシア語で英語圏のニュースをチェックしているのかもしれないが。
もうちょっと鮮明な画像:
参考書:
*1:私も当初は誤訳を見つけると「それは誤訳ですよ」という説明を先方のコメント欄に書き込むなどしていたのだが、そんなことをしていたら自分のブログを書く時間がなくなるし、そもそも疲れる(チェッカーとして他人の訳文に目を通すのは、自分で一から訳すのの倍以上の労力を必要とする作業である)。