今回の実例は、Twitterから。
昨日、8月15日(日)は、毎年のことだが日本では「終戦記念日」、国際的には "VJ Day Victory over Japan Day)" と呼ばれる日であり、インドでは独立記念日であり、多くの国々で日本の植民地支配が終わった記念日であり、北アイルランドでは1998年のオマー爆弾事件の日で、私は毎年のように、普段通りのことをしながら、自分の中で、今日本人である自分が、特に制限を課されることなく日本語と英語を通じて「世界」とつながっていられることの意味を改めてかみしめながら、追悼と、過去と現在とを考えることで過ごすつもりだった。
実際、昨日の今頃までは、そういう平和なモードだった。ただ、アフガニスタンで、まさに「電光石火」の勢いで次々と主要都市がタリバンの支配下に入っていっている様は、とても気になっていた。既に土曜日までに、カンダハルもマザリシャリフも政府支配下からタリバン支配下になっていた。実は先週、今回のタリバンの進撃が進められるにつれ、毎日BBC Newsなどで大きく取り上げられていた段階で、記事を読んで「8月の終わりまでにはアフガニスタンの全域をタリバンが掌握するのではないか(現政府支配域が残るとしてもカブールだけになるのではないか)」と考えていた。しかし実際には、8月の半ばにはもう、すっかり……。
https://t.co/rd0ufCsbvR 「9月までもつかどうか」どころではなかった。8月半ばだった。
— nofrills/文法を大切にして翻訳した共訳書『アメリカ侵略全史』作品社など (@nofrills) 2021年8月15日
下記は昨日の今頃(18:30ごろ)のBBC Newsのトップページのキャプチャだが、「カブールの四方から、タリバンが入域している」という報道があったときのものだ。まさに首都陥落が現在進行形で伝えられていたのだが、このほんの数時間後には大統領が逃げ出して現政権が崩壊するということが起きた。
https://t.co/jXguJ0uu8B 今のBBC Newsウェブ版トップ。https://t.co/mT26XDoBNi ←記事はこちら。 pic.twitter.com/d8eMr23piK
— nofrills/文法を大切にして翻訳した共訳書『アメリカ侵略全史』作品社など (@nofrills) 2021年8月15日
President Ashraf Ghani Leaves Afghanistanhttps://t.co/S2n7oR2LIY pic.twitter.com/adUEbJeQic
— TOLOnews (@TOLOnews) 2021年8月15日
この事態を引き起こしたのは、米軍の全面撤退である。これは、ドナルド・トランプが画策し、ジョー・バイデンが実行した。 そもそもなぜ米軍がアフガニスタンにいる(いた)のかというとジョージ・W・ブッシュの「テロとの戦い」のためで、ちゃんと説明しようとすると20年前の2001年9月11日にまでさかのぼらなければならないのだが、その余裕は今はないから措いておくとして、今から10年前の2011年5月にバラク・オバマ政権下のアメリカが、パキスタンに潜伏中のオサマ・ビン・ラディンを殺害したことで、アメリカの「テロとの戦い」は終わらせる方向になって、まずはイラクから、そして今回アフガニスタンから米軍が撤退する、ということになった(米軍と一緒に「連合国 coalition」として軍隊を派遣していた各国も、次々と自国の軍隊を引き揚げている)。
米軍はアフガニスタンで何をしたかというと、そりゃもうひどいこともいろいろしたのだが、対タリバン等武装勢力に対しては、「重し」的な役割は果たしていた。ざっくり言えば、米軍がいるから暴れられない、という構造ができていたわけだ。理屈で考えれば、その「重し」が消えてしまえば、武装勢力は暴れ放題になるし、実際にそういうことが起きた。ただし、群雄割拠するアフガニスタンで武装勢力同士が争うということはなく、進撃を見せたのはタリバンだけ。そのタリバンは、ここ数年、アメリカなども関わる形で「和平交渉」を行っており、雑な説明になるが、昨日崩壊した政権(アメリカの肝いりで作られた政権)と共存するんだかそれに参画するんだか、とにかくそういう方向性が模索されていた。
それもこれも、大統領が逃げ出してしまったらもう終わりで、アフガニスタンはただ単に、タリバンの支配下に入った。20年前に逆戻りというか、この20年は一体何だったのかという気分が、今、英語圏を覆っている。最も直接的なのが英デイリー・メイルの一面だ。
Front page of Daily Mail "After 20 years, Afghanistan abandoned in days" "what the hell did they all die for?" pic.twitter.com/wmngBukOat
— Yalda Hakim (@BBCYaldaHakim) 2021年8月15日
英国は、バイデン大統領の米軍完全撤退の決定に極めて懐疑的な発言がいくつか続いていたが、先週以降のタリバンの進撃のなかで、それがますます多くメディアに出るようになった。今回の実例は、英国でのそういった発言のひとつから。
At the centre of this is the most astonishing failure of intelligence + analysis from the US and it’s allies. The US presence was small, sustainable and vital to the country. It was removed in an utterly reckless fashion - as this shows with no understanding of the impact. https://t.co/zO1mbuSeWz
— Rory Stewart (@RoryStewartUK) 2021年8月15日
ツイート主のロリー(ローリー)・スチュワートは、1973年生まれ。英国統治下の香港でエリート外交官の息子として生まれ、イートン校からオックスフォード大に進み……という、絵に描いたような英国のエリートの経歴だが、同じような経歴を持っているボリス・ジョンソンと比較してもさらに、いわば「筋がよい」人で、大学時代はウィリアム王子とハリー王子の夏休みの家庭教師を務め、ジョンソンらが所属していたオックスフォード大の超エリートの遊び人クラブには一度行ってみただけで肌が合わずやめてしまったという人柄の持ち主でもある。父親にあれこれ仕込まれていたそうだが、ギャップイヤーでは軍隊も経験し、大学を出たあとは外務省に入り、20世紀末のアジアで通貨危機や東ティモール独立紛争を外交の現場で経験・目撃した後はわずか26歳でコソヴォ紛争後のモンテネグロで英国の外交を率い、21世紀に入ると2003年のイラク戦争でサダム・フセイン政権が崩壊したあとの統治機構となったCPAのもとで当時英国の担当だった南部の行政にあたり……とウィキペディアを読むだけで「何なの、小説に出てきそうな人は」となってしまうのだが(しかもこれ、一切「盛って」いない)、2010年に保守党から立候補して英下院議員となった。
以降は副大臣的なポストをいくつか歴任したあと、2019年にテリーザ・メイ政権で国際開発大臣となった。そのまま政界で順風満帆……といけばよかったのだが、そこはBrexitという激動の時代、嘘でのし上がってきたボリス・ジョンソンとは全然違うタイプの誠実な次のリーダーとして期待を背負う存在となったものの、いろいろあって、2019年秋にジョンソンの議会政治としてめちゃくちゃなやり口に異を唱えたことで保守党からパージされ、2019年12月の解散総選挙では立候補せず、英国の国会を去った。その後、ロンドン市長選に立候補ということもあったが、こっちも新型コロナウイルスでの1年延期などいろいろあって波風を立てることもなく撤退し、現在は米イエール大学で政治学と国際関係学を教えるポストについている。使用可能言語は11か国語。
これだけでおなかいっぱいになると思うが、さらにすごいのは、外務省勤務時代の2000年からしばらく休暇を取って、アジアを踏破する旅を実行していることだ。こういう「踏破」というのは今では車などを使って行われることもあるが、スチュワートの場合は、文字通り、自分の足で歩いている。そうやって歩いた場所のひとつがアフガニスタンで、その旅行記を彼は "The Places in Between" という1冊の本にまとめている。これは非常に評価が高く、日本語訳も出ているので読んでみるといいと思う。(19世紀的な「踏破」の旅行記で、19世紀から20世紀にかけての時代には女性でこういうことをした英国人もいたが、現代のアフガニスタン踏破は、男の人が読むとあまり気づかないようだが、スチュワートが男性だからできたことであるという側面も重要だ。)
ツイート主の紹介だけで何文字使って、何時間かけて書いてるんだというレベルの情報量の多さだが(ここまで、お茶入れたりしながらなんだけど、マジで2時間以上かかってる)、今回の英文法。スチュワートのツイートの第一文:
At the centre*1 of this is the most astonishing failure of intelligence + analysis from the US and it’s allies.
ぱっと見たときに構造が取れただろうか(主語と述語がわかっただろうか)。
私たち、外国語として英語を学んだ者はどうしても、ぱっと見たときに、既に知っている語動詞の組み合わせを見つけてそれで解釈しようとしてしまう。この場合には "At the centre of this is the most ..." と、"this is ..." が主語と述語だというふうに読んでしまいがちだ。
だがそれでは "At the centre of" が行き場を失ってしまって、文意が取れない。
この文の構造は、次のようになっている。
( At the centre of this ) is the most astonishing failure ( of intelligence + analysis from the US and it’s allies ).
最初の "At the centre of this" は前置詞句。次、太字で示した "is" が述語動詞で、その次の下線で示した長い部分が主語である。つまり《倒置》だ。主語が長いから後回しにされたパターンと考えられるが、同時にこの場合は、 "At the centre of this" を書き出しに置いて強調したいという意図もあるだろう。「とにもかくにも今回の事態の中心にあるのは」という感じである。
主語がだらだらと長くなっているが、コアは "the most astonishing failure" で、最上級が使われているが、ここでは何か具体的にほかの事例と比較して「最も~な」と言っているというより、「並外れて~な」「この上なく~な」という意図であると考えてよいだろう。
というわけで、文意は「とにもかくにも今回の事態の中心にあるのは、米国とその同盟国の情報と分析の、この上なくastonishingな失敗である」となる。
"astonishing" はまともにしっくりくるように日本語にしようと思うと当ブログでやっている範囲のことを軽く超えてしまうので、英語のままにしておくが、難しい単語ではないし、単語の意味がわからなくても辞書を引けば言っていることはわかるだろう。
あともう1点。ロリー・スチュワートのこの言葉は、とても抑制されているが、「感情の言葉」である。
「ハートで感じる英文法」の系統ですね、ロリー・ステュワートのこの文面。どうしようもない悲しみ、怒り、フラストレーションの上で発された言葉。
— nofrills/文法を大切にして翻訳した共訳書『アメリカ侵略全史』作品社など (@nofrills) 2021年8月15日
当ブログ規定の4000字を軽く超えて5000字になっているのでこのへんで終わるが、スチュワートの言うように「撤退って言ってほんとに全部撤退しないでしょ、あの情勢で、常識的に考えて」という指摘は、英国から本当にたくさん出ている。今回の米国の意思決定において英国は出る幕がなかったということではないかと思うが、それにしたって、英国から言われなくても普通わかるでしょというレベルの話だし、しかも、米国にとってはこれ「歴史は繰り返す」だっていうんだから、なんだかね。
This very straightforward explanation of why the Afghan army disappeared absolutely boggles the mind https://t.co/PjwoHWu8zL pic.twitter.com/31Vj8TBNgN
— Tom Gara (@tomgara) 2021年8月15日
カブール陥落の日の記録のひとつとして、2021年8月15日の拙Twitterのログを参照されたい。
https://twilog.org/nofrills/date-210815/asc
*1:英国式の綴り。米国式だと "center" となる。