Hoarding Examples (英語例文等集積所)

いわゆる「学校英語」が、「生きた英語」の中に現れている実例を、淡々とクリップするよ

セント・パトリックス・デーのオンライン・イベントに登録してみよう

今回は、変則的だけどいつもの時刻よりちょっと早めに出します。といっても思いついたのが遅かったので今から間に合うかどうか……。

今日3月17日はアイルランド守護聖人セント・パトリックの日で、アイルランドでは国民の祝祭の日となります。普段なら各都市・各街でパレードが行われたり、文化的なイベントが開催されたりして、春の訪れが感じられるようになったこの時期、人々は寒い冬から解放された楽しみを味わうのですが、今年は新型コロナウイルスパンデミックのため、アイルランド島でも、この日の大きなイベントが恒例行事となっている世界の各地でも、イベントはやるならオンライン化されています。

思えば昨年、欧州でこのウイルスの流行が深刻になることがはっきりしたときに最初に中止された世界的に有名な行事はイタリアのヴェネツィアカーニヴァル(謝肉祭)だったのですが、その次に中止になったのがアイルランドセント・パトリックス・デーでした。イングランドチェルトナム・フェスティヴァル(社交界の皆さまが集う競馬)は会場のあちこちに手指消毒ジェルを設置して強行され、のちに批判されましたが。

閑話休題

というわけで、今年のセント・パトリックス・デーはオンライン化。毎年、このアイルランドの祝日に最も近い週末に行われる原宿でのパレードも今年はなしで、アイルランド大使館がオンラインでイベントを主催します。その告知が下記。

登録は無料で、必要なのは姓名と有効なメールアドレスだけです。

さて、さっき今日の実例を探して画面を眺めていたのですが、これというものは何も見つからず、どうしようかな……と考えていたときに、そういえばセンター試験の後釜の共通テストでは事務的な文面を読める能力をはかるとかいうアカデミックな能力とは別の方向に針が降り切れてて、クソ面白くもないファンクラブの入会案内とかを読むことを強要されてるんだっけなと思いだしたので、この楽しいアイルランドのイベントの登録の画面を、そういう「実用英語」(笑)の一例といて見ておくといいんじゃないかと思いついたわけです。

登録のURLはこちら: 

https://www.eventbrite.ie/e/st-patricks-day-virtual-reception-registration-145418597941

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used to do ~, be goneなど(イラクのクルディスタンで進む樹木の違法伐採と環境破壊)

今回の実例は、Twitterから。

今日、3月16日は、イラン・イラク戦争中の1988年にイラクサダム・フセイン大統領が、自国内の自国民に対して化学兵器を使用し、何千という単位の自国民を殺傷した日である。この攻撃は、標的とされた場所の名前をとって「ハラブジャ(ハラブチャ)事件」と呼ばれるが、この非道な攻撃についてネット上の日本語圏で調べるのはかなり危うい感じもする。英語で調べるのがよいだろう*1

en.wikipedia.org

というわけで、33年前に毒ガス攻撃の対象とされたイラククルディスタンの人々の英語メディア、Rudaw EnglishのTwitterアカウントからは、現地での事件記念の式典の様子などがツイートされている。

だが、私にはそれらのツイートに「解説すべき英文法」を見つけることができない。というか最近、何を読んでも「解説すべき英文法」が見つからない。端的に「ネタ切れ」になっているのだと思う。一方で日本語圏Twitterで、ある英語由来の格言について説明するツイートで《句》のことを「条件節がある」と述べているものを見ると、うっかり「節ではなく句です」というクソリプを飛ばしそうになるので、英文法がすっかり抜けたわけではないのだが。

ともあれ、本題に入ると、そのRudaw Englishのアカウントでこんなツイートを見かけた。

 解説してくださいといわんばかりの英文である。

*1:と書くとまた「CNNを鵜呑みにするバカ」と絡んでこられるだろうが。

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時制の使い方, 疑問詞節, not only A but B, as well as ~, wrongという単語の意味, など(東日本大震災: wrongnessという感覚)

今回は、前回(3月11日付)の続き。背景説明などは前回のエントリを参照されたい。

実例として参照するのはこちら、日本外国特派員協会 (The Foreign Correspondents' Club of Japan: FCCJ) が毎月出している会報 "Number 1 Shimbun" の2021年3月号である: 

https://www.fccj.or.jp/sites/default/files/2021-03/03-March-2021-Number1Shimbun-final.pdf

この記事を書いたジョナサン・ワッツ記者(英ガーディアン、以下「ジョンさん」)は、東アジア特派員として、インドネシアスマトラ島沖地震による津波(2004年12月)や、四川大地震(2008年5月)で大きな被害が出た町に入り、取材を行っていたが、2011年3月に日本で起きた東日本大震災津波に襲われた東北地方の沿岸部の町に入ったときのことを、10年後の今、次のように回想している。

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英語での引用符の使い方, 長い文, 年齢の表し方, 【ボキャビル】limbo, 形容詞のturned(オーストラリアの森林火災で家から避難せざるを得ない人々)【再掲】

このエントリは、2020年1月にアップしたものの再掲である。

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今回の実例は、前回見たのと同じ記事から。

前回、というか昨日は、西洋の英語圏では実質年末年始の休みムード明けで*1アメリカのエンタメ業界ではゴールデン・グローブ賞の授賞式があったのだが、その場でオーストラリア出身のスターであるラッセル・クロウ(TVドラマの部門で主演男優賞を受賞している)が、今のオーストラリアの大火は地球規模の気候変動と密接に関連しているというスピーチを行ったとして、ガーディアンのニュースになっていた。

日本でも、6日の未明に超有名人がツイートしていたのが爆発的に話題になっていた。

 

オーストラリアは今の保守政権が人為的気候変動という事実を否定するスタンスに寄っていて、11月からずっと続いていて拡大するばかりの今回の火災について、「森林火災なら毎年起きている。気候変動との関連などない」という否認論を展開していたのだが、それを覆して気候変動と火災の関連を認める発言をスコット・モリソン首相が行ったのは、ようやくこの12月中旬のことだった。

www.news.com.au

グレタ・トゥーンベリさんがスピーチで "The problem now is that we need to wake up. It’s time to face the reality, the facts, the science." と述べて批判したのは、モリソン首相のように、人為的気候変動という事実・現実を認めようとしない政治的リーダーたちの態度だ。

 

さて、今回の記事は(前回と同じく)こちら: 

www.theguardian.com

*1:西洋では12月23日が「仕事納め」で、1月2日には普通にびしっと通常モードに戻るのがデフォだが、今年は2日が木曜、3日が金曜で、4日、5日が週末というカレンダーの都合上、いつもより長く「ゆるい」状態が続いていたため、6日にびしっと戻ってる感が高い。

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want ~ to do ..., いわゆる「Fワード」が新聞記事に出るとき(オーストラリアの原野・森林火災)【再掲】

このエントリは、2020年1月にアップしたものの再掲である。

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2020年になって最初の投稿*1は、オーストラリアですさまじい規模で広がり続けていて収束の気配すら見えてない様子の原野火災について、巻き込まれている人々(日本語ではおそらく「被災者」と呼ばれる人々)の様子を報告する特集記事から。

私はふだん、テレビを見ません。「テレビ」というメディアには関心を失ってしまっていて、うちにはTV受像機がなく、ワンセグ的なものがあったこともないので、テレビのニュースを見るという習慣はおろか、その環境すらありません(ネットでニュースクリップを見る程度のことはある)。だから、BBCやガーディアンなどを毎日ウェブで見ていて、国際的というか世界的に重大な出来事が報道されていても「これはどうせ日本ではろくに報道されてないんだろうな」と思うことはよくあります。

けれど、オーストラリアの原野・森林火災については、「ろくに報道されてない」ことはあっても「ほとんどor全然報道されてない」ということはないだろうと思ってたんですね。2019年秋にあれだけラグビーラグビーと騒いだ後だし、環太平洋でいろいろつながってるし、畜産・農産物輸入でのつながりも強いし、オーストラリアに留学している日本人も多いし、人の行き来もかなりある国です。

しかし実際には、大晦日から数日間、TVのある環境にいて、そしてその期間、ほぼずっとどこかでTVがついてて――とはいえドラマの一挙再放送とか駅伝とかサッカーとかにチャンネルが合ってることがほとんどだったし、イランのスレイマニ暗殺があったので、同じ部屋にいても私はずっとイヤフォンでBBC Newsを聞いてるみたいなことが多かったんだけど――、それでいて「オーストラリア」という単語をほぼ耳にしなかったのには、さすがに驚きました。ニュースは短いのを1日に1度くらいしか見てなかったとはいえ……。

一方で、オーストラリアが英語圏ということも影響しているに違いないのだけど、英語圏ではオーストラリアの未曽有の規模の火災は、この1か月ほど、連日トップニュースに入っているような大ニュースです。とはいえ「遠いどこかの国」の話でしかないという人も多いわけで、その規模の深刻さを示すために、いろいろな伝え方が工夫されてもいます。

ガーディアンがフィードしているこの画像では、ブリテン島とアイルランドに燃えている区域の面積を重ねて「ウェールズが丸ごと燃えてしまっている」といった情報を感覚的に伝えています。ここから私が日本に情報を引っ張ってくるとすれば、アイルランド島がだいたい北海道くらいの面積なので、北海道が半分以上燃えてしまっている、ということになります。欧州大陸ではさらに別の伝え方がされています(「ベルギーが全土焼失」のように)。

オーストラリアは人が住んでいない地域がものすごく広く、毎年この時期には原野・森林火災が発生しているというものの、今回がいつもと様子が異なるのは、人が住んでいる地域にまで火が広がっていること。今回みる記事は、そのような事情で家を追われた人に話を聞いて書かれた記事です。記事はこちら: 

www.theguardian.com

まず記事の見出しですが、「エデン (Eden)」という町に火が迫り、住民たちが脱出していることを伝えるために、「失われた楽園 (Paradise lost)」というキャッチフレーズをつけています。これは言うまでもなく、世界史の授業にも出てくるジョン・ミルトンの叙事詩、『失楽園 (Paradise Lost)』が物語っている旧約聖書の挿話を参照しているのですが、「エデン」という町での出来事を伝えるうえで、人々になじみ深い(人々が容易に連想できる)から使われているキャッチフレーズであって、宗教的な意味合いを持たせているわけではありません。

*1:1日から昨日までは過去記事の再掲でした。

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howの節, it is ~ to do ..., 分詞の後置修飾, 《同格》のof, 知らない単語があったときの文意の推測, やや長い文(英文読解), 過去完了など(この10年の科学を振り返る)【再掲】

このエントリは、2019年12月にアップしたものの再掲である。

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今回の実例は、年末になると各紙に出る「この1年を振り返る」系の記事から。

普段なら振り返るのは「この1年」なのだが、2019年は10年の区切りの最後の年でもあるので、「この10年を振り返る」という記事も多く出ている。今回見るのはそのような記事のひとつで、カテゴリーは「科学」。

記事はこちら: 

www.theguardian.com

まず見出しに、"have an axe to grind" という慣用句のバリエーション、"with an axe to grind" が入っている。have ~とwith ~は動詞と前置詞という大きな違いがあるが、どちらも《所有・所持》を表すことができるので、このような書き換えは日常の英語でよく見られる。

  Can you see the boy who has a large paper bag? 

  Can you see the boy with a large paper bag? 

  (大きな紙袋を持った男の子が見えますか)

"have an axe to grind" は直訳すれば「研ぐべき斧を持っている」だが、「思惑がある、下心がある」という意味の慣用表現として用いられる。さらにイギリス英語ではより狭く、「何かにかこつけて自分の言いたいことを言う、何かをダシにする」の意味で使われる。ちなみに語源(いわれ)は不詳だ。詳細は下記ページを参照。

www.phrases.org.uk

 

今回の記事は、Laura Spinneyさんというパリを拠点とするジャーナリストが書いたもので、この10年間における科学分野での顕著な発展や新発見などをたっぷり列挙したあとで、アンドルー(アンドリュー)・ウェイクフィールドに言及している。

ここ1~2年の間に、北米や西欧で、いったんはほぼなくなっていた麻疹(はしか)が再度大流行するようになってきていること、その背景にあるのが親が子供にワクチン接種を受けさせない「ワクチン拒否」であることは、日本でもそれなりに大きく伝えられている。ウェイクフィールドは1990年代終わりから2000年代にかけて、その「ワクチン拒否」を煽動/先導した人物である。彼は英国の医師だったが、1998年に権威ある医学誌に「新三種混合ワクチンにはこんなに恐ろしい副作用が!」という内容の研究論文(と称するもの)を発表した。「新三種混合ワクチン (MMR)」は麻疹・おたふく風邪・風疹を防ぐために生後9~15か月の子供に接種されるもので、ウェイクフィールドの論文(と称するもの)の要旨は、さまざまな経路を伝わって副作用を恐れる親たちの間に広まり、「MMR忌避・拒否」の波を引き起こしたわけだ。その後、2010年になってウェイクフィールドの論文(と称するもの)には重大な問題がある(元になったデータが虚偽だった)とされ、掲載誌が論文を撤回、つまり「あの論文に書かれていたことは、科学的に妥当なものではない」との見解を公に示しているのだが、一度ばら撒かれた虚偽情報が引き起こした不安は、時間が経過しても完全には消えない。この件については日本語でも記事が読めるので、どういうことか知りたいと思った方は、ぜひ下記の記事に目を通していただきたいと思う。

gendai.ismedia.jp

今回の記事の見出しにある "those with an axe to grind" は、このような、「ニセ科学」を撒き散らすことで利益を得ようとしている人々のことを言っている。

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複合関係副詞, 感覚動詞+O+動詞の原形, 強調構文(東日本大震災を取材した英国のジャーナリスト)

今回の実例は、10年前の今日のことを振り返るジャーナリストの文章から。

日本外国特派員協会 (The Foreign Correspondents' Club of Japan: FCCJ) は、日本で仕事をしている外国のジャーナリストの団体で、Number 1 Shimbunという会報を毎月、PDFで出している。現在、2016年以降の各号が誰でも無料で閲覧できるようになっている。

10年前の今日、2011年3月11日に東日本を揺らした大きな地震について「東日本大震災」という呼称が出るか出ないかのうちに、世界各国の大手メディアはスター記者を日本に派遣してきた。米CNNのアンダーソン・クーパーや、英Channel Fourのジョン・スノウといった人たちが、東京から、津波で甚大な被害を被った東北地方の町や避難所から、原発事故で立ち入り禁止となったエリアのすぐ近くから、次々と報道を行っていた。下記は3月14日のジョン・スノウの仙台からの報告(プレイヤーをエンベッドせず、URLだけ貼っておきます。あまり無防備な状態でうっかり見ないようにしてください)。

https://www.youtube.com/watch?v=CAOWDy-0H-E

FCCJに所属しているジャーナリストは、彼ら・彼女らのように大きな出来事があって初めて日本で取材するジャーナリストとは別で、普段から日本を拠点として仕事をしている人が多い。それらの人々も、派遣先(勤務地)が変われば日本を離れることになるのだが、今回、2021年3月のNumber 1 Shimbunでは、90年代から長く日本でジャーナリストとして仕事をし、その後中国に異動となり、東日本大震災のときは中国を拠点としていた英ガーディアンのジョナサン・ワッツ記者(現在は同紙の環境エディター)が、津波に襲われた石巻や大槌、気仙沼といった町を取材したときのことを回想して書いている。

今回の実例は、その一節から。

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付帯状況のwith, 分詞構文, as ~ as possible, prevent ~ from -ing, など(米CDC推奨、より密着度を高めるマスクのつけ方)

今回の実例は、Twitterから。

新型コロナウイルスのワクチン大量接種が早い国で進められつつあった一方で、クリスマスから新年の時期に、英国で最初に確認された新型コロナウイルスの変異株と、それとほぼ同時に確認された南アフリカの変異株とブラジルの変異株の感染力の強さが大きな懸念を引き起こし、これにより例えばドイツでは、ただの布マスクや不織布マスクより高品質なマスクの着用が義務付けられたりするようになった。米国ではCDC(感染症対策担当のお役所)が、マスクを二重にして着けること (double masking) を推奨するようにもなった。(ちなみに、日本で流行っているウレタンマスクは、どんなに密着していても、肝心の布がスカスカなので、のどが弱い人の乾燥対策にはなるし、お掃除のときにはホコリ除けとして役立つが、感染症対策にはならないから、CDCやWHOの指針では言及もされていない。)

そのCDCが今回、新たに、普通の不織布マスクなどを隙間なく着けるための簡単な方法を提案してSNSで広めている。二重マスクは、私もやってみたがさすがに息苦しく、歩いたり自転車に乗ったりするとめまいがして危険を感じることもあったが、今回提案されているこの方法だとその危険がなく、逆に鼻から口元にかけてのマスクの立体感が増して空間がしっかり確保されるので、普通に着けるよりもむしろ呼吸が楽で、同時にマスクと顔の隙間がなくなって密着度がアップしている。これはよいと思うので広まるといいなと思ってる。

今回の実例はその解説のスレッド(連続ツイート)より。

まずスレッド先頭の導入のツイート。前置きだから、これから何の話をしていくのかということだけがわかればよい(これを読んで内容がよくわからなくても気にしなくてよい)。ツイート先頭の糸巻きの絵文字は、"thread" (「糸」)の意味で、「これから連ツイを始めます」ということ。

 "3-ply mask" は一般的な3枚重ねの不織布のマスク(サージカルマスク)のこと。"Medium" は英語圏で広く使われているブログサービス*1であると同時に一種のウェブメディアで、このツイートをしている@elementalというアカウントは、Medium運営の公式ブログの一部である*2。ツイート文面は「CDCがマスク着用の際は密着度を高めることを推奨しています。一般的な不織布マスクの耳にかけるゴム紐を『結んで』(マスク本体を)『谷折りにする』わけです。Mediumのコロナウイルス・ブログを書いている@yeahyeahyasminさんが、手順を解説します」という内容(※ここに示したものは逐語訳ではない)。

続いて、具体的な手順の説明。折り紙ができる人には何も難しくないと思うので、ぜひ手元にマスクを1枚用意してやってみてほしい。

*1:Mediumはこの場合、「メディア」という一般名詞ではなく、「はてなブログ」「アメブロ」「note」などと同じような固有名詞である。

*2:米国のMediumは日本の「はてなブログ」「note」などよりずっとシリアスな取り組みをしているので、あまり「~のようなもの」という説明にとらわれないでいただいたほうがよいと思うが。

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強調のために副詞節が前に出たことによって起きる倒置(ローマ教皇のイラク訪問)

今回の実例は、Twitterから。

先週後半、3月5日から8日の日程でローマ・カトリック教会のフランシス(フランシスコ)教皇が、同教会の教皇としては初めて、文明の揺籃の地であるイラクメソポタミア)を訪問した。

www.vaticannews.va

「バビロン」とか「ウル」とか「ニネヴェ」とか、あるいは「チグリス川」「ユーフラテス川」でさえも――「イラク」や「バグダッド*1」のような、何もないときでもよくニュースに出てきた地名とは違う、現地の地名が、戦地として、あるいは米軍(を中心とする連合軍)の拠点として、または武装勢力の拠点や攻撃地点として、報道に出てくると、私の心はざわめいた。世界史の教科書そのものだ、と。旧約聖書の宗教に信仰のある人、宗教心のある人や宗教を研究している人なら「世界史の教科書」ではなく「聖書(旧約聖書)」と思ったことだろう。

そして、2003年初頭、当時、既に英語圏ギーク界隈を超えて広く使われつつあったウェブログというツールを英語で使っているイラク人たちが*2、自分たちの国のトップに座っている独裁者が原因で、自分たちの上に、自分たちの町に爆弾を投下しようとしているアメリカの人々に向かって、「ここには歴史がある」ということを声を限りに叫んでいたとき――今思えば、それは、既にイラクで「歴史」を「異教である」という理由で破壊していたイスイス団に破壊されそうになっていたパルミラについて、「それは歴史だ」と叫んでいた私を含む世界中の人々の叫びと重なる――、そのイラクの人々が意味していたのは古代メソポタミア文明であり、旧約聖書の世界であった。

イラクというとイスラム教国家というイメージが強いし、実際にイラクの人々の大半はイスラム教徒なのだが(シーア派スンニ派クルド人が3つの主要集団で、クルド人は宗教的にはスンニ派イスラム教徒である)、イスラム教が成立する前からそこには人々の暮らしがあったわけで、キリスト教を信じる人々のコミュニティは古くからイラクメソポタミア)にはあった。

……と、前置きを書くのに既にずいぶんな時間を割いてしまっているので、駆け足でいこう。

イラクキリスト教は「東方典礼カトリック教会」、つまり儀典は東方のもので、教義はカトリックという教会で、つながりとしてはカトリック系である。そのイラクキリスト教徒たちのもとを教皇が訪れるのは今回が初めてのことで、私はかつてネット上で知っていたイラクキリスト教徒のある人のことを思いながら、ネットでニュースを追っていた。イラク戦争前のイラクという国では、宗教は個人のもので、「あの人は〇〇教徒だからほにゃららだ」などという扱いを受けることはなかったという。それがイラク戦争で一変してしまったのだが。

教皇ご自身はイタリア語でお話しになるが、教皇のTwitterアカウントは英語だし、アルジャジーラ英語版や湾岸諸国の報道機関の英語版など、英語でニュースを追うことができれば、イタリア語も現地語(アラビア語)もできなくても、ある程度のことは追えた(もちろん、当事者が英語にして発信したいことを英語で拾うことができた、という程度で、深いことは英語だけでは無理だろうが)。ディアスポライラクキリスト教徒がジャーナリストとして英語で仕事をしていることも多い。今回、UAEの英語メディア、The NationalTwitter feedを何となくフォローしていた。このメディア、UAEについての報道はあまり真に受けるのはどうかというのがあるにせよ、Twitterの使い方は上手で、早くてわかりやすいなと思った。ほか、イラク国内のキリスト教コミュニティは北部に多いのだが、同じく北部にあり今回の旅程にも組み込まれていたイラクのクルディスタン(クルド自治州)のメディア、Rudawの英語版もよかった。

教皇は、5日にバグダード国際空港に到着して首相の出迎えを受けられ、その後市内に入って大統領宮殿での歓迎式を経て、the Cathedral of Our Lady of Salvationで各宗教宗派の指導者らとお会いになり、お話しをされた。ここは2010年10月にイスラム主義過激派(スンニ派の過激派、のちのイスイス団)に襲われ、58人もが殺された大聖堂で、そこに教皇がいらしたことは、イラクのクリスチャンの人々にとってとても大きな意味を持つと、当日流れてきたニュース系のツイートが述べていた。

ちなみに教皇は、新型コロナウイルスのワクチンの接種はとっくに済ませていて、多くの場面で、マスクなしで素顔をさらしておられた。

翌6日は教皇は南部の都市でシーア派の聖地であるナジャフに向かわれ(ここも2003年、ムクタダ・サドル支持のシーア派武装主義者と米軍をはじめとする連合軍の間で大変なことになった)、そこでイラクシーア派の最高権威であるアリー・アル=シスタニ師と対面された。どちらも高齢なお二人が、それぞれの聖なる色の装束(シーア派の黒、カトリックの白)で、真っ白な何もない壁を背にL字型のベンチの角の所に座っている写真は、重厚感というか密度がすごい写真だった。

前置きが長くなったが、今回の実例は、シスタニ師との対面を終えたころの教皇Twitterフィードから: 

*1:バグダード」という表記を個人的には使っているが。

*2:お若い方は知らないと思うが、当時はネットには「文字コード」という問題があり、1バイト文字(英語圏のアルファベット)と2バイト文字(中国語や日本語の文字も、アラビア語の文字も2バイト文字)の間には技術的な壁があって、英語圏のサービスを日本語圏やアラビア語圏で使う人は、英語を使う人に限られていた。

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butの作る論理構造, andによる接続 (国際女性デー)

今回の実例は、Twitterから。

今日3月8日は、国際女性デー (International Women's Day) である。日本語圏では「#国際女性デー」のハッシュタグTwitterで上位に来ているそうだが、Twitterを英語で使っている私の見ている画面内では、時差の関係から(英国・アイルランドが朝を迎えるのは日本がオフィスアワーを終えるころだし、米国の場合は時差が14時間から17時間もあるので、日付が決まっている記念日系のハッシュタグなどはだいたい1日遅れて盛り上がる)まだほとんど話題にもなっていない。

だが、この記念日の「中の人」的な存在である国連関連のアカウントは、前日から #InternationalWomensDay のハッシュタグでキャンペーン的なものを開始している。

 

と、本題に入る前に、毎年のことだが、「国際女性デー」と述べるだけで「女だけ特別扱いされていいですね」みたいな反応が出るのが楽しいインターネッツなのだが(日本語圏でも英語圏でもそこは同じである。ただ日本語圏のほうがもろもろ深刻かもしれないが)、「国際男性デー」というのもちゃんとあって、当ブログではそれについて既に書いてもいる。関心がある方はチェックされたい。

hoarding-examples.hatenablog.jp

昨年(2020年)の「国際女性デー」のエントリは下記: 

hoarding-examples.hatenablog.jp

というわけで本題。先日、毎日新聞で独占インタビューがおこなわれ、お人柄が伝わってくるような回答を示しておられたアントニオ・グテレス(グテーレス)国連事務総長のツイート: 

文法的に特に難しいところはない上に、意見をはっきり示すという点ではお手本になるような文面だから、このまま暗記して、基本文として自分の中にストックしておいてもよいだろう。

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【ボキャビル】festive, gesture, hirsute (クリスマスに、どう見ても〇〇〇な銀行強盗)【再掲】

このエントリは、2019年12月にアップしたものの再掲である。

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今回の実例は、クリスマス・シーズンの珍ニュースから。

クリスマスが商業イベントのひとつに過ぎないような扱いの日本では、12月24日のクリスマス・イヴがメインの日で、クリスマス・デーの25日まではスーパーマーケットなどで売られているような大量生産のお菓子やパンなどでも緑と赤のクリスマス仕様のパッケージのものが並べられているものの、26日になるとそういった商品は棚から姿を消し、店内のクリスマス・ツリーなどのデコレーションも撤去されて、日本のお正月のための商品や飾りつけ(門松や鏡餅や、羽子板と奴凧のガーランドなど)にとって代わられる。住宅街でも、26日以降もクリスマス・ツリーやサンタの人形が飾られていたら「だらしない」と陰口をたたかれるとか(知人談)。

一方、キリスト教西方教会東方教会ではまた微妙に違う)では、クリスマスの終わりは年をまたいで、宗教的には「公現祭」と呼ぶ日で、だいたい1月6日くらい(詳細はリンク先参照)。ツリーなどはそのころまで飾っておく。最近日本にも「アドベント・カレンダーというイベント」として入ってきたが、クリスマス・シーズンの始まり*1である「アドベント」が11月下旬から12月初旬なので、シーズンはおよそ1か月かそこら、続くことになる。

先日、ディケンズに関連する記事を取り上げたときも少し触れたと思うが、この間、特にクリスマス・デーが近づいた日々は「心を穏やかにし、他人に親切にする」ということが習慣づいており、チャリティの募金が大々的に行われ、英語圏の新聞や雑誌には「人生や家族をめぐるちょっといい話」の記事や随筆が掲載される。それらの記事や随筆は、ディケンズの『クリスマス・キャロル』で偏屈で自分のことしか考えていないスクルージを改心させた3人の幽霊のような役割を果たす(はずだ)。

だから今年も、トランプ弾劾(米)だとか、嘘に満ちたジョンソン政権(英)だとか、原野・森林の火災(豪)などいろいろあるけれども、そういったことを一瞬だけ忘れて、より人間らしいことを考える時間を読者に与える記事が、BBCなどにも出るだろうと思っていた。実際、出てるんだけどね。これ(北アイルランド紛争関連)とか、これ(ベツレヘムで羊を飼って暮らしているベドウィンの人々とクリスチャン)とか。

だが、それらの記事より、ある意味、目立っていた記事があった。この時期、この写真は、インパクトがあまりに強い。

www.bbc.com

この記事を読み終わったとき、私は「その名を用いることなく、いかにこの事件を描写できるかということに果敢に挑んだ秀作記事。最後の1文によってもたらされるカタルシスに読者は圧倒されるであろう」とツイートしたスマホの画面におさまってしまうくらいの短い記事なので、みなさん、どうか読んでいただきたい。

*1:宗教的に言えば、イエス・キリストの誕生を待ち(アドベント)、迎え(クリスマス)、広く知らしめる(公現祭)のがクリスマス・シーズンである。

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to不定詞の形容詞的用法, 言い換え, 言い足し, make + O + 動詞の原形(使役動詞), begin -ing, 挿入など(バンクシーが表現するキリスト降誕とイスラエルの違法な壁)【再掲】

このエントリは、2019年12月にアップしたものの再掲である。

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今回の実例は、正体を明かさず活動しているアーティストが、国際法に違反したコンクリート壁に分断されたキリスト生誕の町に捧げた作品についての記事から。

意外と知られていないかもしれないが、イエス・キリストが生まれたという町、ベツレヘムは、パレスチナにある。ヨルダン川西岸地区だ。そしてヨルダン川西岸地区は、ガザ地区のように完全に包囲・封鎖はされていないにせよ、イスラエルによって、かなりひどいとしか言いようのない形でいろんな方向で制限を受けている(などという表現では全然足りていないのだが)。パレスチナというとイスラム教というイメージがあるかもしれないが、それはイメージだけで、キリスト教徒のパレスチナ人も少なくない。日本のように宣教師がやってきて布教したのではない。元々、イエス・キリストはこの土地の人だったのだから。

ベツレヘムのクリスマス・イヴについては、数年前に現地報告を記録したページを作成した。

matome.naver.jp

 

イギリスのブリストル出身のアーティスト、Banksy(バンクシー)については、近年、東京など日本でもその「作品」をめぐる狂騒曲が繰り広げられ、メディアも大騒ぎするようになってきたので、説明は不要だろう。アーティストとしての芸名からおそらくBanksさんという名字ではないかと言われてはいるが*1、彼は顔も本名も生年月日も明かしていない。男性であることはわかっている。1990年代から都市の壁などにステンシルとスプレー缶で「作品」を描いてきたグラフィティ・アーティストだが、そのウィットに富んだ作品が町の風景の中で抜群の存在感を放ち、2000年を過ぎてどんどん注目されるようになって、ここ10年くらいは完全に「大物アーティスト」のようになって、作品はオークションハウスで取り扱われ、ものすごい額で落札されるなどしてはBBC Newsで報じられている。元々は街角の落書き小僧だったのに、今ではエスタブリッシュメントが「彼は経済的価値を持った存在だ」と認めている。

彼は一貫して「抵抗」、「異議申し立て」をベースにした作品を描き続けている。下記の作品集 "Wall and Piece" は比較的早い時期の作品の集大成と呼べるものだが(日本語版が出たのは遅かったが、原著は2007年)、この書籍タイトルは "Wall and Peace" のもじりである。 

Wall and Piece【日本語版】

Wall and Piece【日本語版】

 

この作品集が出されたころにwallとpeaceと言えば、即座に連想されたのが、イスラエルヨルダン川西岸地区パレスチナ自治区)内に食い込む形で無理やり建設した分離壁である。この「分離壁 separation wall」(国際司法裁判所の用語)は、英語圏のメディアの多くは「分離バリア separation barrier」と呼んでいるが、barrierも結局はwallと同じことだし、本稿での訳語は「分離壁」に統一する。ちなみに当事者のイスラエルはこれを「フェンス」と呼んでいる。そういったことは英語版ウィキペディアで確認できるので、各自ご参照いただきたい。これが「フェンス」と呼べるものかどうかは、どう見ても微妙なところだ。

イスラエルとしては、このwall/barrier/fenceは、「イスラエルの平和 (peace) を守るため」のものだが、その説明を額面通りに受け取ることはとても難しい。まともに地図を見ることができる人なら誰もが、「いや、その説明はおかしい」と言わざるを得ないような場所に作られているのだ。実際、国際司法裁判所は2004年にこの壁について「違法」と判断している(ただしこの判断は法的拘束力はないので、それから15年を経過した今も壁がそのままだ)。

この壁に、Banksyは絵を描いた。2005年、今から14年も前のことだ(→当時の拙ブログ記事)。

Près de Qalandia

 

パレスチナに対する彼の関心は一過性のものではない。2007年には、やはりベツレヘムに、現在でも観光資源となっている一群のミューラル(壁画)を描いていった。2015年2月には、イスラエルによる大規模な攻撃を受けたばかりでめちゃくちゃに破壊されていたガザ地区に入り、がれきと化してしまった家屋の壁にかわいい子猫の絵を描くなどした。「普段はパレスチナに無関心な世界の人々も、猫が描いてあれば見るんでしょ」という主旨でもあり、猫が好きなパレスチナの人々(特に子供たち)への贈り物でもあった。

そして2017年3月には、ベツレヘムの、分離壁からわずか数メートルのところにある建物を(ウォルドーフ・ホテルならぬ)「ウォールド・オフ・ホテル Walled Off Hotel」として改装・開業。このホテルには世界中からBanksy好きが訪れ、それによって壁に分断され経済的に発展する余地すらも奪われているベツレヘムの町に、キリスト教聖地巡礼とはまた違った層の観光客を呼び込み、同時にこの町のさらされている苦境を多くの人に知らしめている。

matome.naver.jp

そして2019年のクリスマス、Banksyはこの壁際のホテルに、新たな作品を設置した。今回は立体作品で、クリスマスの時期の伝統的なモチーフを扱っている。イエス・キリストの降誕(英語ではThe nativity of Jesus Christ)だ。

キリストの降誕の場面は、視覚芸術では、聖母マリアとその夫のヨゼフ、かいば桶に寝かされた幼子イエス、動物たち(ロバとウシ)によって描かれるというお約束がある。これに加えて、神の子の誕生を告げる星(「ベツレヘムの星」。この星に導かれて東方の三賢者がイエスの元にやってきた。クリスマス・ツリーのてっぺんに飾るのもこの星)と天使もよく描かれる。今回のBanksyの作品もこの伝統にのっとっている。ただし、マリアとヨゼフとイエスがいるのは小屋の中ではなくあの分離壁の前で、3人の上にあるのは輝く星ではなく、星のような形をした砲弾痕だ。壁には消えかかった文字で、「愛」「平和」という言葉が、英語とフランス語で書かれている。作品のタイトルは、The Star of Bethlehem(ベツレヘムの星)ならぬ、The Scar of Bethlehem(ベツレヘムの傷痕)。

 

この「新作」のことは、21日から22日に各メディアで一斉に記事になった。今回実例として見るのはガーディアンの記事。記事はこちら: 

www.theguardian.com

*1:英語圏では語尾に-yまたは-ieをつけて愛称化する習慣がある。Charles→Charlie, Steve→Stevie, Giggs→Giggsyなど。

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《目的》を表す表現いろいろ: so as not to do ~, in order not to do[to not do] ~, to do ~(トロント車暴走テロで被告に有罪)

今回の実例は、前回の関連。

なお、前回書いたことについて、英語表現ではなく内容面での疑問があれば、まずは前回示した報道記事をご参照いただきたい。それでも解決しなければ、各自、検索エンジンなどを活用して、知りたいことが書かれている報道記事が見つかるまでがんばってほしい(一番確実なのは裁判所の文書だが、法的文書はいちいち細かく書いてあって長いし、用語も難しい。そういった難しい部分を一般人にもわかるように書き直し、文脈まで書き添えてくれているのが現地の報道記事だ)。当ブログはあくまでも英語表現についてのブログなので、内容の細かいところにまでは立ち入らないということはご理解いただきたい。

さて、今回はその英語表現について。前回書いたように、判事は被告人に法的責任能力があったと判断して「有罪」と結論したが、それを告げる際に被告人の名前を出すということをしなかった。判事は、「被告人は自分の名前を世間に知らしめたかったのであのような凶行に及んだ」と結論付け、有罪を告げるにあたってその目的を果たしてしまわないようにしたのである。そのことが、英語で端的にどう表現されているかをTwitterから見ていこう。

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John Doeは「名無し」の意味(カナダ、トロント車暴走テロの被告に有罪が言い渡された)

今回の実例は、文法というより語法というかボキャブラリーに関するもの。

2018年4月23日、月曜日のランチタイムが終わったころの時間に、カナダの大都市トロントで、オフィス街の道路をヴァンが暴走して歩道を歩いていた歩行者に突っ込み、10人の尊い命が奪われ、16人が負傷した。これは機械的な原因や人為ミスが原因の「車の暴走」ではなく、「車を武器としてそこを歩いている人々を殺傷するための攻撃」だった。

当時イスラム主義武装勢力の共感者が、そういう方法での攻撃を世界のあちこちで行っていて、まだ死傷者数も確定せず、逮捕された容疑者の身元もわかっていない段階で、Twitterなどでは「またイスラム過激派のテロか」という感想というか感情の言葉みたいなのがいろいろ出ていたのだが、イスラム過激派のやり口とはいろいろ違うところもあり、当時既に増加していた極右過激派のテロではないかということも取り沙汰されていた(トロントは多文化都市で、特に東アジア系の移民が多いことで有名だ)。

しかしその後、本人のFacebookの投稿などから判明した事実は、逮捕時に警察と対峙したときに「撃てよ、俺の頭を撃ちぬけよ」と挑発していた容疑者の男はイスラム過激派でも極右活動家でもなく、女性との関係を作りたいのに作れないことで女性一般と社会を恨み、殺意を抱いていた人物だった。いわゆる「インセル」である。

インセル」であることが無差別に人を殺す動機となりうることを世界に示したのは、2014年5月の米カリフォルニア州での無差別連続殺傷事件だったが(加害者は死亡)、この異様な事件は単発の特異なケースとして終わるのではなく、ひそかに世界各地に共感者を増やしていた。そのあらわれのひとつが2018年4月のトロントでの車暴走攻撃だったわけだ。この攻撃について、詳細は、ウィキペディア参照(日本語版では立項すらされていない。これは立項しておく価値があると思うけれど、立項したらたぶんネット上の日本語圏で攻撃されるから私はやらない*1): 

en.wikipedia.org

さて、今日またこの事件がニュースに出ていたのは、この事件の加害者を被告(被告人)とする裁判で、判事(裁判長)が「有罪」との結論を示したためである。量刑が出るにはまだ少し日数がかかるが、法廷での「被告人は自身の行為の結果を理解することはできなかった(法的責任能力はなかった)」という弁護側の主張は認められないという結論が出たのである。

www.theguardian.com

判決を示すにあたり、判事は特筆に値する行動をとった。被告人の名前を一切出さなかったのである。それは「被告人の人権に配慮したため」とかそういうことでは全然なく、「悪名を高めることを欲している被告人に、その望みをかなえさせないため」という理由のことでだった。

*1:2014年のカリフォルニア州での事件について最初に「NAVERまとめ」を利用して書いたんだけど、そのときにいろいろあったんですよ。記述の根拠を示して説明したら、身の危険を感じるほどにエスカレートすることはなかったけれど。

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報道記事の見出しの現在形は、常に過去のことを表す、とは限らない(タイガー・ウッズ選手の事故)

今回の実例は、報道記事の見出し。

先週のことだが、アメリカのプロゴルファー、タイガー・ウッズ選手が、自分で車を運転中に事故ったというニュースがあった。車は横転して大破し、ご本人は両脚に大けがを負ったが、幸い、生命に別条はなかった。

this.kiji.is

この事故の第一報は私は見ていないのだが、ウッズ選手のけがの程度がはっきりしていない段階での報道はBBC Newsのフィードで見ていた。最初はよくわからなかったが、救急隊・消防隊が、横転した車のフロントガラス*1を割るか何かして、車の中の何か(シートベルトか何か)を切断して救出し(このことが、"be cut free from the vehicle" という英語表現で表されていた)、そのまま病院に搬送して即手術となったということが、英国のBBC Newsのウェブ版でもほぼリアルタイムで報じられていた。そのときの映像

www.bbc.com

そのころに見た記事の見出しが下記だ。(なお、以下キャプチャ画像は、写真はモザイクをかけてマスクする加工を施してある。)

f:id:nofrills:20210303181259j:plain

https://www.bbc.com/news

"Woods has surgery after car crash" と現在形である。

英語の報道記事では、過去のこと、既に起きたことを表すときに現在形を用いるという原則がある。対するに、未来のこと、まだ起きていないが起きる予定であることを表すにはto不定詞を用いる。

例えば、先日NASAの火星探査車が無事に火星に降り立ったが、それについては、「今日これから、着陸する(見込みである)」というときは、"NASA rover Perseverance to land on Mars today" と表し、無事に着陸が成功した後での報道では " NASA rover Perseverance lands safely on Mars"*2 となる。

この原則で考えると、"Woods has surgery after car crash" は手術が完了したときに使う見出しだということになるが、実はそうとは限らない。「手術を受ける」というのは「火星に降り立つ」のように一瞬・短時間で終わることではなく、ある程度の長さを前提とすることで、手術中である場合にもこのように現在形で表されるからだ。

ウッズ選手のこのケースでは、実際、手術中の段階でこういう見出しになっていた。

*1:広く知られていることだが「フロントガラス」は和製英語で日本でしか通じない。英語圏ではwindscreen (UK) またはwindshield (US) と表す。どちらも「風よけ」「風防」の意味だ。

*2:英文出典: https://www.mercurynews.com/2021/02/18/nasa-rover-perseverance-lands-safely-on-mars/ 

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